近年、日本では人口減少や高齢化の進行を背景に「コンパクトシティ構想」が注目されている。都市に中心部をつくり、居住地や商業施設、都市機能を集約することで、自動車移動の増加を抑制、また生活インフラ維持管理費の増大を抑制する。同時に経済循環を生む――お金が他所に流出しない仕組みを生み、地域を活性化させる。言い換えれば、無秩序な郊外開発を抑制する都市計画構想だ。
郊外とは、都市の中心の外側にある、主に住宅が広がる地域のこと。東京都でいえば、練馬区や世田谷区が郊外的性格のある地域だ。

江戸時代。――十八世紀の江戸は人口約百万人、城を中心に放射線状構造をしていた。武家地が面積の約六割を占め、町人地は高密度だった。町人は徒歩で生活していたし、職住近接で生活圏はコンパクトだった。物資は水運中心で隅田川を起点とする運河網があった。――もちろんこれらは、都市計画的に整備されたものではないが、同時期のロンドンと比べてリサイクル意識の高い循環型社会だったと言われている。
田畠に良薄あり、土に肥かうあり、薄くやせたる地に糞を用いゆるは農事の急務なり。(中略)農人は其の分限にしたがひ、糞屋を調へ置くべし。糞屋なくしてはこえを多く貯へ難し。引用元:宮崎安貞『農業全書』岩波書店
当時、し尿(糞便と尿)は貴重な品物だった。江戸の集合住宅では共用の厠(雪隠)が作られ、家主に所有権があった。家主は、し尿を売って得た代金を家賃収入の足しにしていた。川の上流は武蔵野方面で大規模な農地だったため需要に事欠かなかったという。これは、都市と農村が分断し、糞尿の始末が公害問題になった同時期のロンドンとは対照的だ。

――もちろん、古い時代の話ではある。しかし、江戸の町には紙屑・古着を買う業者、古傘を買う業者、灰を買う業者など、現代でいうリサイクル業者が大勢いた。それが江戸の町のコンパクトさによって促されていた。――欲しい人がすぐに見つかるのだ。
参考文献:守貞謾稿『近世風俗史(一)』岩波文庫

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