受験対策

志望理由書の書き方:出願の2カ月まえから意識しましょう! 添削サービスを活用しましょう!

大学編入の志望理由書を成功させるためには、出願の二か月前から意識して準備を始めることが重要です。自己分析、志望先のリサーチ、構成の練り上げ、フィードバックの受け取りといったプロセスをしっかりと行うことで、質の高い志望理由書を作成することができます。
予備校について

大学編入予備校に通う前に考えてほしいこと

編入予備校は、編入試験を目指す多くの人にとって有効な選択肢の一つですが、必ずしも万人にとって必要ではありません。編入を目指す理由や状況、予備校の費用対効果を慎重に考え、自分に合った方法で学習を進めることが大切です。また、独学やオンライン学習の可能性を十分に検討した上で、最終的な決断を下してください。
英語講座

英文法・語法のクイズ250題

英文法・語法のクイズ250題です。国立大学二次試験レベル(TOEIC500点レベル)を目安に制作したものです。
予備校について

志望理由書の作成でユニバーサルな人工知能を頼る際の注意点

大事なのは、反対意見を理解したうえで、それでもなぜ自分はその勉強をしたいのかを説明できることです。そもそも反対意見も糞も無いような当たり障りのない志望理由書を書いても仕方がないのです。
管理人の日記

2026.8.10 小説が上手くなりたかったら文字数がすべてかもしれない

私が小説として書いた文字数はおよそ七十万字から八十万字くらいです。 短編がほとんど、中長編が三作あって、それら自作した小説の文字数の総計が、およそ七十万字から八十万字だということです。 学生時代のレポート、論文、ブログや小説以外の記事も沢山...
小説(2026年度)

小説・回転式徳俵

回転式徳俵  作・藤倉崇晃 私が目覚めると部屋は暗い。時計を見なくても身体が覚えている。――夜明け前。枕の固さがはっきりとしている。しばし天井を見つめてからゆっくりと、布団から身体を起こす。三月場所を目前に控えて、私は妻子と暮らす自宅を一時...
共生社会にむけて

ナチスの反省から生まれたドイツの差別禁止制度──日本に不足している「歴史認識」の仕組み

本稿の目的は、たとえば「鎌倉幕府は沖縄県民の歴史じゃない」という義務教育をして、生徒を一人として沖縄を差別する人にしない、この二つを同時に叶えられないのは差別禁止制度がないからだ。その隙を突くように、ここにきて自虐史観などという価値観が、自己の利益と折り合いだけの空論であり、まったく正義でない(同じ正しさを沖縄県民に持てない。現在の日本国領域で遍く共有できない歴史観)にも関わらず、正義のように跋扈した
基礎講座

貨幣への信任と労働の多様性

本稿の目的は、現代経済を別の角度から眺める視点を提示することにあった。一般に貨幣は格差や労働の疎外を生み出すものとして論じられる。しかし同時に、貨幣への信任は分業を発展させ、人間が自らの関心や才能に応じた労働を選択する条件ともなっている。
小説(2026年度)

小説・互いのレンズ

チャンネル登録者数十万人超えのゲーム配信者・スズキリカ。炎上もアンチコメントも日常茶飯事の彼女には、一つだけ面倒な定番ネタがあった。「朝鮮人」配信のたびに飛んでくるその煽り文句に、リカはいつものように「人種差別はやめましょう!」と返して笑いを取る。だが、ある日ふと疑問を抱く。
ハンセン病文学

ハンセン病文学を訪ねて④「吹雪の産声」 ――排除されてなお共同性を求める

條民雄『吹雪の産声』における「他者存在」は、人間が単独では自らの存在を支えきれないことを前提に、要は支える存在として描かれている。療養所の患者たちは社会から隔離され、自分が「生きていてよい存在なのか」という不安を抱えている。
ハンセン病文学

ハンセン病文学を訪ねて③「癩院受胎」 ――観念の否定と肉体のエゴ

性の対象になっていく女性のハンセン病患者が物語の軸です。成瀬という立場のすっきりしない男性を視点人物にして、善悪定かならぬ境地をありのままの混沌として描く面白さがあります。障碍者同士の結婚や出産は、弱者らなりに観念があったと、第三者の婦女子を励ますというよりも、むしろ肉体のエゴに過ぎない出来事を見せつけられたと感じ、肉体の装置を意識させてしまうのではないか。そう単刀直入に思ったものです。
入選作の紹介

第二十二回民主文学新人賞・佳作「鍵の音は少年のよう」

牧田という人物は特別ではありません。 むしろ彼は、今の社会の「周縁」にいる多くの人々を体現した存在です。 だからこそ、この物語は読者に問いかけてきます。 あなたにとっての「鍵の音」は、どんな意味を持っているのか、と。
ハンセン病文学

ハンセン病文学を訪ねて②「間木老人」 ――療養所の極限状態を伝え抜く

宇津と間木老人との心の距離が最も近づく瞬間が「間木老人の死」であることは、当時ハンセン病患者を「不幸な人」と単線で囲ったときに、彼らの共通項として「療養所内で死にゆく命」というものがあり、それが外側から躊躇なく引かれる単線であることを思い出させるものです。宇津が他の患者を「狂人ではあるまいか」と疑うことは、宇津自身の生への執着を表したものであり、結末と強烈なコントラストを生んでいます。