みらい学習室編集部

小説

小説・互いのレンズ

チャンネル登録者数十万人超えのゲーム配信者・スズキリカ。炎上もアンチコメントも日常茶飯事の彼女には、一つだけ面倒な定番ネタがあった。「朝鮮人」配信のたびに飛んでくるその煽り文句に、リカはいつものように「人種差別はやめましょう!」と返して笑いを取る。だが、ある日ふと疑問を抱く。
ハンセン病文学

ハンセン病文学を訪ねて④「吹雪の産声」 ――排除されてなお共同性を求める

條民雄『吹雪の産声』における「他者存在」は、人間が単独では自らの存在を支えきれないことを前提に、要は支える存在として描かれている。療養所の患者たちは社会から隔離され、自分が「生きていてよい存在なのか」という不安を抱えている。
ハンセン病文学

ハンセン病文学を訪ねて③「癩院受胎」 ――観念の否定と肉体のエゴ

性の対象になっていく女性のハンセン病患者が物語の軸です。成瀬という立場のすっきりしない男性を視点人物にして、善悪定かならぬ境地をありのままの混沌として描く面白さがあります。障碍者同士の結婚や出産は、弱者らなりに観念があったと、第三者の婦女子を励ますというよりも、むしろ肉体のエゴに過ぎない出来事を見せつけられたと感じ、肉体の装置を意識させてしまうのではないか。そう単刀直入に思ったものです。
入選作の紹介

第二十二回民主文学新人賞・佳作「鍵の音は少年のよう」

牧田という人物は特別ではありません。 むしろ彼は、今の社会の「周縁」にいる多くの人々を体現した存在です。 だからこそ、この物語は読者に問いかけてきます。 あなたにとっての「鍵の音」は、どんな意味を持っているのか、と。
ハンセン病文学

ハンセン病文学を訪ねて②「間木老人」 ――療養所の極限状態を伝え抜く

宇津と間木老人との心の距離が最も近づく瞬間が「間木老人の死」であることは、当時ハンセン病患者を「不幸な人」と単線で囲ったときに、彼らの共通項として「療養所内で死にゆく命」というものがあり、それが外側から躊躇なく引かれる単線であることを思い出させるものです。宇津が他の患者を「狂人ではあるまいか」と疑うことは、宇津自身の生への執着を表したものであり、結末と強烈なコントラストを生んでいます。
共生社会にむけて

クルド人向けの日本語教室がタッチポイントであること 外見的同胞意識の誤謬と共生の最前線

言語を教え合う機会は、あくまでクルド人コミュニティと日本人とが接点(タッチポイント)を持つためのものなのだ。ほうっておくと引かれてしまう社会の境界線を解消するための、もしかしたら儀礼的なものでもあるかもしれない。ボランティアとして参加する者達が、クルド人側の安全や安心を勝ち取ることは不可欠なことなのだ。理由は前述の通りだ。彼らの外見的同胞意識は防衛であるからだ。
ハンセン病文学

ハンセン病文学を訪ねて①『いのちの初夜』 北條民雄の見出した「不死鳥」とは?

ハンセン病患者は、肉体として亡びているけれど、それを契機として「観念するもの」を獲得すると読み取れます。ハンセン病にならなければできなかったであろう見え方が、ここに来てできるようになったということです。これは民雄自身の「叫び」に近いと思われます。
小説

小説・イスカリオットの砥石

主人公・山川進士は、就職を目前に控えた大学院修了間近の青年である。引っ越し準備の最中、過去の記憶を呼び起こす砥石をきっかけに、小学四年生の頃の裏切りと向き合うことになる。いじめから逃れるために親友・品田を陥れた過去を長らく忘れて生きてきた。
共生社会にむけて

ドグマと化す政治思想と外交史観

ドグマは自己無矛盾な教義で正義と結びつく。現代日本には軍拡・文化的ナショナリズム・平等主義の三類型があり、日米・日中・東南アジア認識も各立場で大きく異なる。各々は国家観と国際秩序観の差から対立し、同一対象でも解釈が分岐する。
基礎講座

心理学の方法論 ワーキングメモリーの発見を振り返って

心理学は、「人の心と行動を科学的に研究する学問」である。だが、はじめから科学だったわけではない。もともとは「心とは何か」という問いを考える哲学の一分野として発展してきた。