政治
D.イーストン(Easton)「政治とは希少資源の権威的配分である」
この世には利害の対立が絶えないがなぜであろうか。
- 領土争い
- 土地争い
- 地位の争い
- 予算の獲得競争
- 公害企業と住民の争い
人間の欲求が無限であるのに対して、価値・資源が有限なのだ。(希少資源とはこういう意味だ)
政治:個人や集団間の意見や利害の対立を調整し、社会的な意思と秩序を形成・維持する人間の諸活動。近代以降、政治は国家を中心的な舞台として営まれる。また、妥協や調整が不可能な場合、それを妨げている者に対する強制力(権力)が発動される。ゆえに、権力は政治の一要素である。政治の営みは古今東西、人類の歴史と共にある。しかし政治学(特に受験のための政治学)は、近代以降を対象とする。近代政治の素地が17世紀ごろからゆっくり整えられていくが、制度的に確立してくるのは19世紀。したがって私たちが学ぶ政治学は基本的に、19世紀以降を対象とする近現代の政治学である。
権力
「人を動かす力」「人を服従させる力」
Q.力になぜ従うのか?
- 身体や財産を守るため(c.f.物理的強制力)
- 直接・間接に「果実」を手に入れられるから(c.f.物的報酬)
- 内面的な動機から「正しいもの」に従おうとしてる(c.f.権力の正当性)
ふつう政治といえば、政府のあり方など多くの国民にかかわるマクロな政治を指している。しかし、「人を動かす力」(権力)があるところに政治があるとすれば、いたるところに政治はあることになる。【引用『ポリティカル・サイエンス事始め』伊藤光利 p11 ミクロな政治、ミクロな権力より】
自治会やクラス会はミクロな政治だということ。
※政治権力と国家権力を分けて説明したが、近代以降の政治は国家を基本単位とする以上、ほぼ同義である。
※国家権力は、国内に対して(例えば徴税権、警察権など)のみならず、国外に対しても(外交権、自衛権など)発動される。
自由主義は、政治権力の発動を抑えることに重きをおく。権力は悪であって、権力が小さければ小さいほど自由の領域が広がる、という見方をとる。その考え方は「権力からの自由」として表現される。(中略)これに対して民主主義は、政治権力の形成・執行への民衆の参加を重視する。権力は必ずしも悪ではなく、民衆の平等を実現するためには権力の積極的な行使も肯定される。その考え方は「権力への自由」として表現されたりする。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p42-43 自由主義と民主主義】
民主主義の政治は多くの人の間で合意を確保しながら決定していくものだから、手間と時間がかかる。民主政治の土台である選挙も手間と暇がかかり、費用もかかる。選挙に金がかかることが政治腐敗の源だ。【引用『ポリティカル・サイエンス事始め』伊藤光利 p14 民主主義のコストより】
(近代)国家
「国家とは正当な暴力を独占した政府のもとに組織された団体である」(ウェーバー)
1)(近代)国家
- 一定の限定された領土を基礎として、そこに定住する人民が、強制力を持つ統治権のもとに法的に組織されるようになった社会。
- 一定の領土と人民を権力によって支配し、社会秩序を形成・維持する制度・団体。
2)近代国家の歴史的起源
17~18世紀のヨーロッパ絶対王政期から市民革命期にかけて緩やかに成立。それ以前の封建的中世では、教皇、国王、各地の有力諸侯、教会、自治都市などが領土領民の支配権を競う非集権的な権力構造。そうした中で君主が唯一最高かつ排他的な領域支配に成功し、統治権=主権を掌握(絶対君主の誕生)。その後、絶対君主が保持した主権は、君主制崩壊により、国家自身に帰属。
フェーデとは、中世西ヨーロッパで、封建貴族や都市間に行われた合法的私戦。侵害された自己の権利を、裁判手続に訴えることなく、実力で回復する権利が認められていた。フェーデを禁止し警察行為を独占したことが近代国家の歴史的起源として無視できないと言われている(c.f.ゲルマン古来の血の復讐)
3)主権
- 一定の領土と人民に対する、唯一最高かつ排他的な統治権。 用例)国家主権。
- 国家の政治運営についての最終的な意思決定権。 用例)君主主権、人民主権。
ジャン・ボーダン(人名): 16世紀フランスの政治思想家。その著「国家論」(1576年)において、上位に権威をもたない主権国家という概念を導入。近代国家を理論的に基礎づける。主権という概念を初めて用いた。
4)主権の三要素
- 1.国内に対して最高
- 2.国外に対して独立(内政不干渉)
- 3.主権と主権の間は平等
ウィーン会議で確認された国際社会の原則が勢力均衡とするなら、パリ講和会議で認められた重要な国際社会の原則の一つが「民族自決」である。(中略)「民族自決権」は、もともと他民族帝国内の被抑圧民族の側から提起された主張であり、当初は帝国内での自治権拡大という意味で使われていた。しかし、やがて民族自決権は国家としての独立を正当化するものとして理解されるようになった。【引用『国際政治史 主権国家体系のあゆみ』小川浩之、板橋巧巳、青野利彦ら著 p89 ヨーロッパにおける「民族自決」原理の導入とマイノリティ問題】
5)主権国家
排他的な唯一最高の統治権(主権)によって一定の領土とその住民を支配し、独占的に保有する物理的強制力と官僚制に基づく行政機構によって社会秩序を作る制度(統治機構)。
第1は(主権国家が地球上を埋め尽くしている現代では忘れられがちだが)、主権国家という単位・枠組みは、自然ないし当然のものではなく、特定の時代に特定の場所で生まれた、歴史的かつ人工的な構築物だということである。(中略)主権国家が登場したのはおおよそ17世紀であり、人類史からみれば比較的最近のことである。またその舞台は当初はヨーロッパ世界に限られていた。その後、ヨーロッパの主権国家群が、世界各地を帝国主義によって一つに結び付けていく一方で、主権国家という統治の雛型も(意図せずして)「輸出」することになった。【引用『国際政治史 主権国家体系のあゆみ』小川浩之、板橋巧巳、青野利彦ら著 p15 主権国家体系の特徴】
6)国家の三要素
- 領土
- 国民
- 主権(政府)(G・イェリネック)
権威と支配、支配の正統(正当)性
ある程度納得できる政治権力に対しては、人々は自発的に服従する。人々からの自発的承認を得たとき、権力は権威として受け入れられたと言える。
正統支配(マックス・ウェーバー):人々の自発的服従を得てなされる支配。
★支配の正統性:政治権力への自発的な服従を動機づける社会倫理。自発的な服従を生み出せない権力は、長続きしない。だから正統性が必要。正統性の獲得は権力に権威を与え、支配を安定させる。
【支配の(正統性の)三類型】
- 伝統的支配:伝統的に継承されてきた秩序だから尊重せねばならないという理由による服従を当てにした支配
- カリスマ的支配:ある特定の人への心酔や情緒的帰依による服従を当てにした支配。
- 合法的支配:皆で定めた適正な手続を経て行われた決定には従わねばならないという理由による服従を当てにした支配
正当性について古典的な定式化を行ったのが、ウェーバーである。彼によれば、正当な支配には、伝統的、カリスマ的、合法的という3つの類型がある。伝統的支配は、その秩序が昔から存続するものであり、それゆえ支配関係が神聖にして永遠、不可侵であると信じられる。カリスマ的支配は、支配者個人がもつ特殊な資質(カリスマ)、すなわち超自然的な力に対する情緒的な帰依に支えられる。合法的支配は、形式的に正しい手続きによって定められた規則による支配である。【引用『政治学をつかむ』苅部直・宇野重規・中本義彦ら著 p5 正当性】
政治権力と主権者
主権の正統化(擁護)
- 1)王権神授説:国王権力は神に由来し、君主の権力こそ主権である(ボーダン)。
- 2)社会契約説:自然状態の危険を回避するために、人々の合意に基づいて、政治社会(国家)を形成。
自然権を論拠に主権を説明。自然権を適切に保護するために単一の政治権力を定立。
- 自然状態:何らかの政治体によって社会秩序がもたらされる以前の状態
- 自然権:人が生まれながらにして持っているとされる権利。
ホッブズ 『リヴァイアサン』(1651年)
- 「万人の万人に対する闘争」としての自然状態。人間の本性は自己保存(生命の安全)
- 闘争状態を克服するため、契約により政治社会(国家)を形成し、主権者を定立。
- 絶対権力としての主権を擁護。(主権論についてはボーダンと同じ)
- 強力な主権者に服従することで、自然状態の危険を克服。
ロック『市民政府論(統治論)』(1690年)
- 人民は固有の権利(自然権)を保障するため、契約により政治社会を構成。
- 所有権保護のために国家形成を説く ⇒ロックの思想は私的所有・近代資本主義を後押し。
- 国家権力の中で立法権が最高権力 ⇒「法の支配」の原理。
- 権力分立:立法権と執行権(行政権)の二権分立。立法権は人民を代表する議会に。
- 抵抗権(革命権)を容認。
ルソー『社会契約論』(1762年)
- 主権の担い手は主体的個々人の集合体である「人民」(人民主権)
- 主権者である人民の理性的で普遍的な意思=一般意志 ⇒これが法・政治の基盤。
- 主権は不可分・不可譲。人民の主権を政府に「委譲」できない ⇒直接民主制に共感。
当時の啓蒙主義的知識人たちは、国家と社会の関係を考察し、個人と支配者が相互に合理的義務(社会契約)を負っていると主張した。ところが、かなりの数の国民が自分たちにかかわることを、ある程度自分たちで決定し管理し始めると、新たな問題が見えてくる。社会を国家に結びつける(リベラルな自治を強固にする)新しい集団意識の必要性が認識されるようになったのである。こうしてリベラリズムはネイションとその「自決権」を包摂していく。政治体制の正当性が市民の同意に基づいているように、国家の正当性は外部から干渉されることなくネイションを形成したいという国民の同意に基づくべきだ。こう考えられるようになったのである。(そして市民革命に通じると続く…)【引用『政治学をつかむ』苅部直・宇野重規・中本義彦ら著 p187 ネイションの基盤は何か】
イデオロギー
政治・経済・社会などを総体的に捉える観念や信条の体系。各時代の歴史的・社会的条件によって制約され、人間の思想や行動、生活のあり方を左右する根本的な思想・意識の体系。秩序構成原理。
ベーコン(Francis Bacon)のイドラ
近代思想において今日のイデオロギーに近い概念を最初に提示したのは、ベーコン(Francis Bacon)である。彼の著名なイドラ論がそれである。イドラとは、人間の知性を縛る誤った非合理的な概念である。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p165 イデオロギーとは何か】
トラシー(Destutt de Tracy)のイデオロギーとナポレオン(Napoleon Bonaparte)の空論屋
イデオロギーという言葉を最初に使ったのはフランスの哲学者トラシー(Destutt de Tracy)である、といわれている。彼は、あらゆる学問の基礎となる観念の学のことをイデオロギーと呼んだ。ここには何らマイナスの意味合いはなかったが、トラシーがナポレオン(Napoleon Bonaparte)批判を展開した結果、ナポレオンがイデオロギーという言葉をもじった「空論屋」という名でトラシーを逆に批判し、今日の用語に近い意味ができあがったのである。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p165 イデオロギーとは何か】
マルクス(Karl Marx)とマンハイム(Karl Mannheim)のイデオロギー論
マルクスが提唱した著名な土台-上部構造論に従って考えてみよう。マルクスは、社会の土台は経済構造にあるとし、それ以外の人間の生の諸領域を上部構造とした。そして上部構造は土台を反映すると考えたのである。この場合、イデオロギーは上部構造に属する社会的意識形態とされる。もし、イデオロギーが土台を整合的に反映していないならば、それは空論であり、虚偽意識なのである。そしてその政治的機能は、土台を正しく反映していない現実を隠蔽する意識ということになる。(中略)ドイツの社会哲学者マンハイムは、マルクスのイデオロギー概念を拡張し、階級によって拘束された意識だけでなく、あらゆる社会集団や社会的条件によって制約された思想を、イデオロギーと呼んでいる。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p165 イデオロギーとは何か】
代表的な政治的イデオロギー
1)自由主義 liberalism(17、18世紀に台頭、19世紀に一つの絶頂期)
国家権力の恣意的行使を規制し、個人の権利や自由を確保することにより、自由な政治活動、経済活動を実現しようとする思想的立場。ロック、ルソー、アダム・スミスらが代表的論者。17・18世紀の近代市民革命の指導原理。資本主義の興隆とともに発達したブルジョアジーの思想・イデオロギー。
思想的特徴
- 立憲主義:憲法によって支配者の恣意的な権力を制限し、憲法に基づいて政治を行おうとする思想・制度 (法の支配)
法の支配:法が権力行使の方向と限界を示し、全ての国家活動が憲法と法律を基準に営まれるという原則。
- 権力分立:三権分立(立法権の優越)抑制と均衡(チェックアンドバランス)
それでは。いかにして権力を制限すればよいのか。この課題に対してモンテスキューが示したのは、権力を他の権力によって制限するという発想であった。政治社会の秩序は、分裂をなくすことによって実現されるのではない。むしろ、部分部分の対立を、いかに全体として調和に結びつけるかが重要である。したがって、政治制度を構想するにあたっては、権力と権力が対抗しつつ、相互に抑制し合うしくみをつくることが重要である。【引用『政治学をつかむ』苅部直・宇野重規・中本義彦ら著 p16政治的多元主義】
- 人権尊重:自然権に加え憲法体系によって保障される諸権利を、国家権力による侵害から保護。
とりわけ、個人や少数者の権利を権力者や多数者から守ることを重視。(個人の尊厳)
自由主義の歴史的発展
- 17世紀の政治的自由主義(ロックら)国家の干渉からの自由、人権尊重、私有財産の擁護
- 18世紀の経済的自由主義(スミスら)市場経済、自由放任主義、「神の見えざる手」
- 19世紀の功利主義(的自由主義)(ベンサム、ミルら)
- ベンサム(英)「最大多数の最大幸福」普通選挙を擁護する側面あり。自由民主主義へ
- ミル(英)『自由論』:真理や道徳、価値に対する国家の中立。近代的個人の確立、精神的自由
ベンサムは「最大多数の最大幸福」という原理を強調することにより、少数者による専制に対抗するための多数者による政治を提唱したが、多数者の専制という問題を十分認識し克服することはできなかった。ゆえにミルは『自由論』において、多数者の専制に対抗すべく、個人の自由を絶対的な原理として強調し、思想と議論の自由と個性の重要性を訴えた。
※自由主義の政治観としての共和主義
共和主義とは、市民の主体的な参加と政治における市民的な徳を重んじる政治概念であり、19世紀まで自由主義陣営が自らの議会政治観を述べる際に多用した用語である。数的多数による統治を重視する民主主義と異なり、労働者大衆の政治参加には警戒的で、教養と財産を持つ有徳な人士が責任ある政治を行うことが望ましいと考えられた。
共和制:国家に君主を置かない政体のこと。⇔君主制。共和制を採用する国家を共和国、共和制を国家のあるべき姿とする思想を共和主義。一般に共和制では、国家元首は君主ではなく国民により選出される。(例えば大統領)。
本来、共和制と民主制は異なる。近代西欧思想では、古代ギリシャの都市国家やローマの共和政期に、共和制の起源を見るが、それらの共和制のほとんどは貴族の寡頭政権だった。その後、中世イタリアの都市国家や独立直後のオランダなど、共和国が数多く生まれたが、その多くも貴族と議会の混合政体(あるいは貴族中心の合議政治)だった。従って、その名残を受けた近代的な意味での共和主義も、有徳な教養エリートを中心とする議会政治のことを指し、制限選挙論者である自由主義者の議会政治観であると言える。共和主義は、大衆の政治参加に基盤を置く民主主義とは区別されていたのであり、19世紀まで西欧では、民主主義を批判し共和主義を賛美する傾向が強かった。議会制民主主義の機能不全が言われる20世紀後半以降、再び共和主義的な政治を再評価する、“共和主義ブーム”が高まっている。
これまで、国家権力は危険なものであり、私たちの自由を奪うものだということが強調されてきました。だからこそ、権力と自由とを対立させて考え、権力をできるだけ小さくしようという考え方(自由主義)が主流となっていたのです。確かに言論の自由や宗教の自由などの自由権は、国家がそれに介入しなければ守られます。放っておいてくれさえすればいいのです。それなのに国家がなかなか放っておいてくれないので、それが問題とされたわけです。歴史的に、人びとの信仰を国家が弾圧したり、政府批判の言説を封じたり批判者を迫害したりということがあったからこそ、自由権を明示して国家に守らせることが必要とされたのです。しかし、権力との関係をこういう筋だけで考えていくと、たとえば社会権といったものについて、うまく説明ができなくなります。社会権の典型が生存権ですが、これは個人がある生活水準を維持して生きていくことを権利として考えるものです。放っておかれるのではなく、国家権力に生活を保障されることを権利と考える。そこでは、権力は積極的役割を期待されているのです。そうした分野はいくつもあります。【引用『政治的思考』杉田敬 著p83国家権力の二面性】
確かに言論の自由、宗教の自由、身体の自由など、一般に自由権と呼ばれるものは、政府が何も「悪さ」をしなければ、実現することができるでしょう。こうした自由は政府の不作為を求めるわけです。放っておかれれば自由なのです。しかしその一方で、まずは暮らしていくことができなければ、他の自由も実現できない。すでに見たように、そこから最低限度の生活を保障することを求める生存権など、社会権と呼ばれる権利への要求が、とりわけ20世紀以降に出てきました。こうした権利は憲法で宣言されさえすれば、そのまま実現できるというものではない。人びとの生活を保障するために政府が何らかの制度をつくり、そこに財政を投入しないと、生存権は達成できません。つまりこの場合、自由権とは異なって、権力の積極的なはたらきを必要とする。自由対権力、自由対政治という構図ではなく、自由のための権力、自由のための政治という構図になるということです。【引用『政治的思考』杉田敬 著p107自由対権力】
政治権力の「制度化」というのは一面において政治権力が制度に従って行使されることを意味すると同時に、政治権力が制度を守って運用されることを意味する。実際、憲法上認められているさまざまな権利にしても、それを現実に保護してくれる権力の発動がなければ「絵に描いた餅」になる。【引用『政治の精神』佐々木毅 著p49政治権力の魔性】
2)保守主義
旧来の思想や制度、伝統を尊重し維持することを重んじ、その変革に反対し、革命や急激な改革を好まない政治的、社会的立場。エリート中心の政治を擁護。バーク『フランス革命の省察』(1790)
3)民主主義/democracy(19・20世紀に台頭、20世紀に大きく発展)
人民自身が保有する権力によって統治し、人民の意思に従って政治を行う政治体制。市民革命急進派のイデオロギー。ルソーの人民主権論が大きな影響を与えた。ただし近代デモクラシーは、間接民主主義の実践、つまり代議制民主主義(議会主義、議会政治)として発展した。
私たちの政治は、代表を通じて行うのが一般的となっています。代表民主制、あるいは議会制民主主義などと呼ばれる形をとっているわけですが、では、代表とはいったい何なのでしょうか。考えてみると、これがよくわからない。私たちを代表するということはどういうことなのでしょうか。それはそもそも可能なのことなのか。たとえば、私という個人を、誰か別の人間が完全に代表するなどということを考えられるのでしょうか。自分の親でも、配偶者でも、自分の考えをすべて理解してくれるなどということはありえないでしょう。それなのに、赤の他人に何がわかるというのでしょうか。代表について考えるときには、そういう前提から出発する必要があります。【引用『政治的思考』杉田敬 著p30代表は可能なのか】
思想的特徴
- 人民の権力保有、人民の意思に基づく統治。 → ルソーの人民主権論やアメリカ建国思想が影響。
- 数的多数による支配を正当化する点で、「多数者の専制」に陥る危険がある。衆愚政治との批判も。
- 民主主義の政治的実践については米国が先駆的。→ でも当初は、共和主義という言葉が多用された。
続いて1799年に権力を掌握したナポレオンは、革命による動乱を国内的には所有権の安定などを通じて収束させる一方、国際的にはヨーロッパの派遣をめぐる戦争へと乗り出した。その際にナポレオンは、フランス革命の理念を征服によって「輸出」していく。たとえばナショナリズムや民主主義といった考え方、国民国家という統治枠組み、あるいは民法典などの市民社会のルールなどを、ナポレオンは征服地に(意図せざる場合も含めて)広めていくのである。【引用『国際政治史 主権国家体系のあゆみ』小川浩之、板橋巧巳、青野利彦ら著 p34 ナポレオンの帝国】
とくに、冷戦後に進められた民主主義や人権という価値の拡大は、人類に普遍的なものであるとされながらも、それを推進しているアメリカの政治文化や歴史的経験に大きく色づけされていることは事実である。【引用『政治学をつかむ』苅部直・宇野重規・中本義彦ら著 p240 グローバリゼーションの光】
4.1)社会主義: 18~19世紀の産業革命の時代、労働者階級のイデオロギー
- 資本主義の生み出す経済的・社会的矛盾を、生産手段の社会的共有・管理によって解消し、平等な社会を実現しようとする思想・運動。共産主義、社会民主主義などを含む広い概念。
※社会主義は必ずしも私有財産を否定せず、代議政治を拒絶しない。
4.2)共産主義(マルクス主義)
- 私有財産を否定し、生産手段や生産物などすべての財産を共有して平等社会を実現しようとする思想。プロレタリア革命(労働者革命)によって実現。マルクス、エンゲルス『共産党宣言』(1848) マルクス『資本論』(第1部1867)
- ロシア革命の指導者レーニンは、労働者政党である共産党が革命を主導して労働者による権力を確立し、共産主義社会の実現を目指す。 → マルクス=レーニン主義。
4.3) 社会民主主義、人民民主主義の台頭(20世紀)
- 社会民主主義:社会主義と民主主義の融合。民主主義的手続きによる社会主義の実現を目標。
国家権力による実質的・社会的平等の実現を目指す。自由民主主義と対立。 - 人民民主主義:革命後の労働者階級(共産党)の独裁を正当化する民主主義。共産党は労働者の意思を真に代表する。
しかし西ヨーロッパでは、マルクス・レーニン主義以外の社会主義の伝統が19世紀以来根強く定着しており、さまざまな社会主義政党が古くから力を持っていた。(中略)これら西欧社会主義政党はおおむね、資本主義体制を基本的に受け入れつつ、その欠陥を国家の介入によって是正することに力点を置き、そのための諸政策と理念を強調するようになる(政府が積極的な財政支出を行うことで景気を回復するというケインズ主義的経済運営、広範囲の福祉政策など)。以後、資本主義を根本的に否定する共産主義と区別する意味も込めて、この主義主張が社会民主主義とよなれるようになった。【引用『ポリティカル・サイエンス事始め』伊藤光利 p77 社会主義、共産主義、社会民主主義】
自由民主主義の成立
自由民主主義:国民が選出した政治家の権力を法の支配によって制限し、権利の保護と個人及び少数者の自由を強調して、多数者の専制を防ごうとする議会制民主主義の形態。自由主義と民主主義は本来対立する原理だが、産業革命を経て社会主義が台頭する19世紀後半以降、両者は接近・融合していく。
先行する自由主義(17~19世紀)
- 自由主義:
近代市民革命の指導理念。国家権力の恣意的行使を規制、市民的自由の確保。
憲法制定による権力規制・・・「法の支配」、立憲主義
権力規制と自由確保が最優先。一般国民による権力掌握は二次的問題。
勢いを増す民主主義(19~20世紀)
-
民主主義:
市民革命急進派の指導理念。人民の権力保有、人民の意思に基づく統治。
一般国民による権力掌握が主問題。権力行使の規制は二次的問題。
選挙権をめぐる対立
- 自由主義:
政治の担い手は、教養市民であり有産階級 ⇒ 制限選挙を主張
※議会政治に関しては、エリート中心の共和主義的立場といえる。 - 民主主義:
政治の担い手は、労働者を含む一般国民(政治的平等) ⇒ 普通選挙を主張
※あらゆる階層が議会政治に参加することを求める徹底した民主主義。
※民主主義の主張は、労働者運動や社会主義運動に影響を与える。
対立から融合へ(19世紀後半~20世紀前半)
- 社会主義や共産主義(政治的平等のみならず社会的・経済的平等を要求)という共通の政敵。自由主義者は、民主主義者や労働者の主張を徐々に受け入れ、味方に取り込んでいく。
- 労働者や弱者への社会的配慮を始める新しい自由主義の台頭。
- 大衆社会の到来と総力戦としての戦争など
自由民主主義の誕生 (19世紀末から20世紀以降)
欧米諸国においても、19世紀までは、自由主義が主導権を握る自由主義国家だった。しかし産業革命が進展する中、労働者革命を求める共産主義が台頭し始めると、自由主義者が民主主義の要求を受け入れ、自由民主主義として結合
自由主義:個人の尊厳(人権保障)つまり目的
+
民主主義:人民による自己統治(自己決定)つまり手段
歴史的起源は民主主義の方が古く、古代ギリシャ時代にさかのぼる。当時、民主主義は政治的決定への民衆の直接参加、つまり直接民主主義を意味していた。その意味での民主主義は、実のところ、あまり積極的な評価を受けていなかった。古代ギリシャの哲学者アリストテレスによる政治体制の分類においては、民主主義は堕落した政治体制だとされた。つまり、無知蒙昧な民衆による支配として否定的にとらえられたのである。こうした見方は長らく続き、プラスの評価が定着するのはようやく20世紀に入ってからである。自由主義の機嫌は中世にある。貴族、僧侶あるいは都市の商人たちが、自ら組織する団体の特許を国王権力の介入から守ろうとして起こした動きの中から生まれた。近代に入って、それが興隆する市民階級によって引き継がれ、権力の恣意的な行使を排するとともに、権力が介入できない個人の自由の領域を守り、広げようとする考えとして発展していった。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p41-42 自由主義と民主主義】
自由民主主義の擁護
- ジェイ、ハミルトン、マディソン『ザ・フェデラリスト』(1787)
アメリカ建国思想にみる自由民主主義観 - アレクシ・ド・トクヴィル『アメリカのデモクラシー』(1835)
トクヴィルはフランス人政治家・政治学者 。本書において自由主義と民主主義が絶妙に結合したアメリカを賞賛。ただしトクヴィルは、(政治的)平等化を追求するデモクラシーの延長上に、「穏和な専制」、つまり非常に面倒見は良いが個人の自由を尊重しない政府が家父長的に国民を統治するような体制が生まれかねないと警鐘を鳴らした。
ポリアーキー(ロバート・ダール)
ポリアーキー:不完全ではあるが民主主義の諸条件を近似的に満たした政治体制
1)主張:完全な「理想(理念)としての民主主義」は現実には存在しない。
- ならば ⇒ 各政治体制がどの程度民主的であるかを検証することの方が大切。
- そのために ⇒ 民主主義の発展度合いを測定しうるモデルを考案。
2)検証モデル
- 公的異議申し立て(政治的競争、自由化): 表現の自由、結社の自由、政党活動の自由
- 政治参加の度合(包括性、政治参加): 選挙に参加し公職につく権利、普通選挙権⇒以上2次元で評価。表現の自由、結社の自由、政治活動の自由、参政権 などが基準
参政権:政府の公共政策の作成と遂行に参加する権利。具体的内容としては、選挙権・被選挙権、公務就任権(公務員になる権利)など。参政権は主権から導き出される権利。政治活動の自由の究極形態。
3)ポリアーキーに適する主たる条件
- 社会的・経済的多元化:多元的社会の存在(中間団体の活躍)
- 社会的亀裂が少ない(階級、民族、言語、宗教などの分裂が小さい)
- 参加型政治文化 (市民が積極的に政治に参加する)
- ポリアーキーを尊重する政治リーダーの存在
近代の政治体制
政治体制:政治権力が社会内で広範な服従を確保し、安定した支配を持続するために形成する制度や政治組織の総体
三大政治体制の類型
- 政党制
- 国民の政治的自由の度合
- 権力構造
などによって分析
(政党制とは、)要するに、政治が利益や意見を異にする人々による政治社会の集合的・公共的決定をめぐる活動であるかぎり、またとくに多くの民衆が選挙・投票などを通じてこの決定に参与する民主政治ではなおさら、利益を異にする人々の間に、政策決定をより自らの利益や主張に近づけるための競争、そのために「数の力」をつくろうとする争いが避けられない。そのため、党派(party)の生成は必然的だったのである。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p137 政党とは何か】
1)自由民主主義体制
- 複数政党制
- 言論の自由、結社の自由
- 権力分立
2)権威主義体制
- 一党制、あるいは限定的な複数政党制
- 言論の自由、結社の自由の制限
- 権力が一党もしくは、軍部、支配的エリートに集中。
ウィルソンは「民主主義を擁護するための戦争」を唱えて参戦したものの、第一次世界大戦は民主主義の勝利というわけではなかった。両大戦間期は、上述のソ連の台頭もあり、先進国の政治体制の選択肢として、1)議会制民主主義ないし自由民主主義、2)社会主義ないし共産主義、3)ファシズムの三者が提起された時代であった。さらに、軍部、教会、大土地所有者などの伝統的権威に依拠した権威主義体制の存在も無視できない。(1920年以降議会制民主主義の機能不全がみられ、権威主義体制へと転じていった。その要因は様々なものが挙げられるが、注意しておきたいのは多くの国が世界恐慌以前に権威主義体制に移行していることである。とつづく。)【引用『国際政治史 主権国家体系のあゆみ』小川浩之、板橋巧巳、青野利彦ら著 p96-97 ファシズムの登場】
3)全体主義体制
- 一党独裁
- 言論の自由、結社の自由の弾圧(特定イデオロギーによる思想統一)
- 権力が独裁的な指導者に集中。
※ファシズム (ナチス時代のドイツ、ムッソリーニ時代のイタリア、戦前戦中の日本の全体主義)
民主化プロセスの三段階
「立憲政治」概念の一般化
憲法は国民から国家への命令、法律は国家から国民への命令、よって憲法が法律よりも上位であるという仕組みに慣れる段階。
「人権」概念の一般化
国家が国民に命令してはいけない行為領域があることを知る。「政治からの自由=市民的自由」の確保
「民主」概念
自分たちが政治に参加することで国家を動かすという意義を知る。「政治への自由=政治的自由」の確立。
近代議会政治
- 議会政治:議会が国家の最高意思を決定する政治方式。
※近代議会政治の原型は中世イギリスの身分制議会(等族議会)にさかのぼる。その歴史的事実からも明らかなように、議会政治はイコール民主主義ではなかった。近代に入り、人民主権(国民主権)の原則が確立し、議会議員を選挙で選ぶという民主主義の手続きと結び合わさった時、議会制と民主主義が合体し議会制民主主義が成立したのである。(議会そのものの歴史は13世紀のイギリスにさかのぼる。としたうえで・・・)近代以前の議会は身分制議会であり、議員は貴族・僧侶・市民の各身分を代表し、しかも選出母体の意志によって拘束されていた。その当時は君主主権の時代であり、議会が行使できる権能も国王の課税に対する承諾権などの限定されていた。近代に入って、議会の地位と機能は大きく変わる。君主主権から国民主権への転換にもとづいて、議員は特定の身分を代表するのではなく、国民全体を代表するものとされるようになった。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p99 議会と議会政治】
-
間接民主制(代表民主制):国民自らが選んだ代表者(代議員)で構成される議会を通じて、間接的に国民の意思を国政に反映させる民主制の形態。議会制民主主義や代議制と同義。
それではなぜ、身分制議会がデモクラシーと結び付くことになったのか。そのひとつの要因は代表という考え方にある。この考え方の背景には、古代の都市国家においては奴隷によって生産活動に従事する必要があり、したがって市民は政治活動に専念することができないという社会的現実があった。したがって、市民が自らのものとみなすというフィクション(擬制)の必要が生じたのである。(中略)特に18世紀以降、新聞や雑誌など各種のメディアが発達し、そのようなメディアを通じて、世論(パブリック・オピニオン)も形成されるようになる。このようなメディアを通じての公共圏の形成こそ、広い国土に分散する多様な市民間の代表というフィクションに、一定のリアリティを与えたといえるだろう。【引用『政治学をつかむ』苅部直・宇野重規・中本義彦ら著 p47近代におけるデモクラシーの復活】
-
多数決原理:数的多数によって議論に決着をつける決定方式。その前提として、十分な討議と少数意見の尊重が為されなくてはならない。→民主主義は多数派の専制(トクヴィル)の危険が伴うから。
しかも代議制は、多数支配としての民主主義を実質的に少数(代表)支配に変換することで、多数支配の抱える問題を緩和することができる。代表によってさまざまな国民の意見は制御可能な数にまで集約され、妥協や合意形成がより容易になる。また選ばれた少数は、一般的にいえば選んだ多数よりも徳において優れており、衆愚政治に陥る危険性がそれだけ軽減されると考えられる。もちろん有徳な代表を選ぶためには、選ぶ側に評価能力がなければならない。その能力をかつては富や職業、性別によって形式的に判断し、選挙権を制限したのである。【引用『政治学 Understanging Politics』新川敏光、大西裕、大矢根聡、田村哲樹ら著 p47-48 自由民主主義論】
人々がメディアの伝える世の中の多数意見に同調してしまうという、順応主義(コンフォーミズム)の傾向。個人に対する国家権力からの規制が取り払われたとしても、そこで自由な活動の領域とされた社会それ自身のなかに、人を支配する強い力が働いている。そうした現象は、すでに十九世紀から、ジョン・ステュアート・ミルやアレクシ・ド・トクヴィルといった思想家によって、政治上の権利と区別された「社会の権力」、もしくは「多数者による暴政」として指摘されてきたのであった。(人々が社会の多数派の価値観によっていつのまにか染め上げられてしまい、少数派の声や、そもそもそうした”異端”の考えが存在するということ自体が忘れられる状況を、市民として政治共同体の運営に積極的に関わることのできる本当の自由、積極的自由の実現で解決をはかる考え方もある。とつづく)【引用『ヒューマニティーズ 政治学』苅部直著 p72 権力と自由】
議会の機能 (役割)
議会政治の三原則 (国政運営において議会が担う根本的な機能)
- 国民代表原則:
議員は各選出母体に拘束されず、全国民の意思の代表者であるという原則。国民代表の原則に基づく議会を国民議会という。身分制議会(等族議会)→ 国民議会 - 審議原則:
議決は、公開の討論を経た後に行うという原則。 - 行政監督原則:
議会が行政部の権力行使を監督し、その妥当性を吟味するという原則。→国政調査権(日本国憲法62条)日本の国会には、行政の活動全般を調べるための権限がある。
議会の具体的な諸機能(国政レベルを前提に)
- 国民代表機能:国民の意思を政治に反映させる機能
- 立法機能:代表された意思を法律に変換する機能
国家も、国民の側からの同意を得ることが必要になってくると、政府の存在、その意味合いに国民からの要求を受け入れる客体、応答的存在というものが込められるようになる。そうなるにつれて国民からの意思が直接反映される立法機関たる議会が重視される。【参考『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p98 政府と国家】
- 審議機能(争点明示機能):公開の場で広く政治的な問題について論じる機能。
話し合うこと。すなわち討議は、民主政治においてとりわけ重要です。統治者が一人である王政の場合には、王の言葉がすなわち法ですから、話し合う必要はない。独裁の場合にも、独裁者が一人で決裁するわけですから、話し合うことなく命令するだけです。それに対して、民主政治では、話し合ってから決めるということが基本です。話し合って決めるというのは、「話し合う」と「決める」という二つの異なる要素から成り立っていますが、この二つの間に、ある種の緊張関係があることは明らかです。ずっと話し合っていれば、決めることはできません。決めるためには、どこかで話し合いを打ち切らなくてはならないからです。(ある事柄について現状を維持したい側はその事柄が争点化しないように仕向ける。そうでない側はそこに争点があることを認めさせなければならない。とつづく)【引用『政治的思考』杉田敬 著p54「話し合う」と「決める」】
- 行政府監視機能(行政監督機能):行政府による活動の適否や過不足をチェックする機能。行政統制。
決定された政策は、実際に執行されなくては意味がない。政策を執行する主体を、一般に行政と呼ぶ。私たちは日ごろの生活を営むうえで、いろいろなかたちで行政(行政機関)と接触している。自家用車を購入したことがある人なら、行政機関に提出するめんどうな書類の数々をイメージするかもしれない。車庫証明の取得、ナンバープレートの交付や車検など、その多くは関係する行政機関が行っている。(中略)行政はこのように日常生活と深い関係にあるが、それは行政が決められた政策を遂行することを通じて、市民の生活を統制したり、各種サービスを提供したりしているからである。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p124 行政とは何か】
権力分立と立法・行政関係
1)権力分立
特定の少数者による統治権力の濫用を防止するために、統治権力を機能的、あるいは地域的に分割し、相互の抑制と均衡をはかる理念・制度
垂直的権力分立:統治権を中央と地方で分割。中央集権⇔地方分権。水平的権力分立:統治権を機能で分散。三権分立。
モンテスキュー『法の精神』(1784年):立法、司法、行政の三権分立を説いた歴史的書物。
政治を制約する一つの有力なものが、すでにふれたように憲法です。なかなか変えられない憲法によって、政治の暴走に備えるのです。とりわけ大事なのが、アメリカで言えば、司法審査、日本で言えば、違憲立法審査権です。こうしたものは、議会が多数で決めた法律であっても、憲法に違反している場合には無効にします。これは、少なくとも直接的には、民主的な制度とはいえません。多数の人びとの民主的な判断を、非常に限られた数の人びとの非民主的な判断によって無効にできるということですから。(しかし、これが憲法を守る番人の役割をしている。とつづく)【引用『政治的思考』杉田敬 著p159違憲審査と政治】
2)権力分立と政府機構(統治機構)
- 議院内閣制:行政府である内閣の存立が、議会(二院制の場合は下院)の信任を得ることを必須条件とする制度。議会(下院)の多数党によって内閣を組織し、内閣は議会にのみ責任を負い、閣僚は原則的に議席をもつ(責任内閣制)。18世紀英国で確立、日本も採用 。
議院内閣制による政治運営:議会多数派が内閣に政策立案と行政監督を委任し、政治運営の効率化を図る仕組み。内閣は議会多数派である与党の代表として行動する。とすると、おのずと、立法府による行政府の監視監督には限界が伴う。
- 大統領制:国民によって選出された国家元首である大統領が、議会から独立して、行政府の長となる政治制度。三権分立の最も厳格な制度。米国で初めて実現。大統領の権限が儀礼や調停にとどまり、行政府の長としての実権が首相にある場合は、大統領制とは呼ばない。
議院内閣制(首相)と大統領制(大統領)の比較
議院内閣制(における首相)
- 議院内閣制は、内閣を結節点として立法権と行政権が融合している。
→一般に議会多数党の党首が首相になる。政権党(与党)との連携が良好ならば、首相は内閣と議会の双方で指導力を発揮でき、安定した政治運営ができる。 - 内閣には法案提出権がある。日本では成立する法案の8割近くが内閣提出法案。⇔議員提出法案
- 議会の不信任決議で内閣総辞職に追い込まれることもあるが、逆に首相(内閣)は議会解散権をもつ。
大統領制(における大統領)
- 大統領と議会は完全に独立。議会の弾劾裁判による以外、大統領の地位は任期満了まで保証される。
→大統領は圧倒的な行政権力を保持し行使できる。 ※行政権は大統領個人に属する - 立法勧告はできても法案提出権はない。(法案への拒否権はあるが、議会の3分の2の再議決で成立)
- 大統領の出身政党と議会の多数党が異なる場合、大統領の指導力は大きく低下する可能性がある。
議会のタイプと変換能力
- 変換型議会:国民の要求を議会が法律や政策に変換するため、各議員が政策立案の主人公となる議会。
→政策形成の主役は個々の議員。議員個人が活発に政策論争。多元的・分権的な政策決定。大統領制での議会に多い。(法案提出権を個々の議員全員がもつ場合、)議員は自分の支持者の利益を代弁するために、さまざまな法案を議場に持ち込む。そうなると、審議に多大な時間を費やすことになるのは容易に想像がつくであろう。個々の議員が法案を出してよいとなれば、多数派政党もまとまって行動するとは限らない。多数派に属する議員たちも、支持者へのアピールの必要から、政党との相談なしに法案提出を図るであろう。【引用『政治学 Understanging Politics』新川敏光、大西裕、大矢根聡、田村哲樹ら著 p95 議会(2)-提案と審議】
- アリーナ型議会:与野党が次の選挙を意識しつつ、自らの政策を競い合う討議の場としての議会。
→政策形成の主役は内閣。与野党間で政党単位の政策論争。集権的な政策決定 。議院内閣制での議会に多い。多数派政党のみが法案提出権をもつ場合、議会での審議は、法案を修正するという点では、あまり意味をもたない。多数派政党が提案する以上、その法案はまず間違いなく可決される。少数派は法案の問題点や欠点を有権者にアピールする場として議場を活用するしかない。【引用『政治学 Understanging Politics』新川敏光、大西裕、大矢根聡、田村哲樹ら著 p95 議会(2)-提案と審議】
★立法機能を果たす点で両者は同じだが、変換型では、議会における立法活動が名実ともに政策過程の中心。アリーナ型では、極論すれば、政権与党の意思を議決によって再確認する以上の意味はない。この場合、議会の主な役割は与野党間の論争による争点の明確化(争点明示機能)。政策過程の実質的な中心は、官僚制による法案作成や政党による選挙公約(マニフェスト)作成段階に存在する。
(先進国の自由民主主義体制の下における政治過程を見てみよう。と前置きしたうえで・・・)国民が特定地域の居住者という立場から選挙に参加したとしても、そのような選挙で選出された個人は、国民全体の利益を代表すべきものであり、その過程で、国民的利益を集約する役割を果たしているのが政党である。(暗黙の前提として日本のようなアリーナ型議会があるようである)【参考『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p102 自由民主主義体制下の政治過程】
日本の国会の特徴と慣行
- 二院制(両院制):衆議院(下院に相当)と参議院(上院に相当)によって構成。
- 衆議院の優越:衆参両院は基本的に対等の立場にあるが、両院の意見が一致せず、国会としての意思決定ができなくなること避けるため、衆議院の優越が定められている。
例)法案の再可決、予算・条約の承認、内閣総理大臣の指名について、衆議院の議決が国会の議決に。 - 会期制:通常国会(毎年1月に召集され150日間開催)、臨時国会(臨時に開催。例年秋に開催)、
特別国会(衆院選後に衆院議長や内閣総理大臣を指名するために開催) - 本会議と委員会:衆参双方とも議員が一堂に会する本会議。専門の領域ごとの委員会。議案は双方審議されるが、日本では審議の中心は委員会(委員会中心主義)。ただし最終的な議決は本会議による。
【日本の国会運営の慣行】
- 年間複数会期制:一年間における議会の開会期間(会期)を短期の複数回に分散する慣行。
- 会期不継続の原則:会期中に議決に至らなかった案件を次の会期に継続しないという慣行。
- 議会審議の粘着性:政府が提出する予算案や法案が議会での野党の抵抗でなかなか成立しないこと。
1.一院制と両院制(二院制)
一院制の一般的特徴
- 迅速な意思決定
- 与党中心にダイナミックな政策形成が可能 ⇔ 一党の暴走を防止すべく多党制をとる国が多い
- 議会運営の諸コストの節約 →小国での採用例が多い
両院制(二院制)の一般的特徴
意義
下院:国民代表原則の貫徹、下院の優越、多数決、政党対決的
上院:再考・良識の府、党派的中立、コンセンサス、国民代表の修正
★上院(参議院)の存在意義
一般に上院は、有徳・有識者を集めて専門性や中立性を高め、議員立法や、下院のチェック、下院から回付される法案の修正などによって存在意義を示す。
下院のような政党対決ではなく、党派性を離れ、中立的な視点から審議を目指す。「良識の府」。
例)
解散のある任期4年の衆議院:政治の動向に対して柔軟な仕組み。より新しい世論を重視。被選挙権25歳以上。
解散のない任期6年の参議院:中長期的な世論を代表。硬い安定的な仕組み。被選挙権30歳以上。
議院内閣制の場合
下院:内閣との連帯責任(内閣不信任決議権⇔首相の下院解散権)
上院:内閣と下院の強い関係から距離(議院内閣制の補正)
複雑な国家体制に適合的
連邦国家や多民族国家で上院を地域代表や民族代表に→国民代表の補正
一院制と両院制の長短
- 一院制の長短:迅速な意思決定と議会運営コストの節約 ⇔ 近視眼的な意思決定、少数意見の埋没
- 両院制の長短:慎重な意思決定、少数意見の尊重 ⇔ 運営コスト大、審議の遅滞、両院対決の混乱
- 「ねじれ国会」と両院制:両院間で議会与党が異なると、議会運営が困難に
- 上院への懐疑:下院審議をなぞるだけなら不要、強すぎる上院への警戒感
衆議院と参議院
衆議院の制度的特徴
- 下院の優越:内閣との直接的連帯=首相指名や予算承認などで参院より優越
- 政党対決の政治:多数決の政治として、政党間競争が活発
- 内閣との直接的連帯:短い任期や解散の存在は、常に新しい民意を反映させるため
参議院の制度的特徴
- 第二院としての「再考の府」:高度な専門性や成熟した社会経験を生かした政策の再考
- 党派的中立性、「良識の府」:政党間競争の多数決よりも、党派を超えたコンセンサスを重視
- 内閣との距離:問責決議のみ。しかし解散不在の強い立場。政府の方針と衝突した際の収拾困難。
両院関係の現実
参議院への懐疑や批判
- 参議院の「カーボンコピー」化:参院が衆院同様の党派対決の場と化し、党派的中立を旨とする「良識の府」としての機能が十分に果たされなくなった。→全国区制だった選挙制度を比例制に変えたことが一因。
- 「参議院無用論」の台頭:衆議院と同じ採決をするだけなら、時間と金の無駄と批判される。
⇒審議採決の手間を減らし、与党の議案を通しやすくしたいだけとの無用論批判も強い。- 「強い参議院」への反発:昔は「カーボンコピー」化への批判から無用論が主張されたが、昨今では「強い参議院」による議会運営の閉塞に対するフラストレーションから、無用論が言われるようになっている。
- 地域代表的な傾向が過剰に強くなった参議院への批判。cf. 一票の格差問題。
- 二大政党化の潜在的可能性をもつ衆議院:小選挙区選挙により政権交代可能な大政党を生む素地。
- 多党化し政党対決の場と化した参議院:連立政権を促す要因に。参院の党派的中立性は困難。
- 内閣と参議院の関係:「強い参議院」、拒否権プレーヤー、「ねじれ国会」になると巨大な壁に。
日本の議会は、衆議院と参議院という両院制をとっています。衆議院と参議院が別々に選挙をしますから、その時々の世論の流れで、衆議院はA党が、参議院ではB党が多数派ということが起こりやすい。これが「ねじれ」です。【引用『政治的思考』杉田敬 著p49「代表をめぐる競争」】
1990年代以降における日本の選挙制度改革、国会改革、執政制度改革などの政治改革は、基本的にウェストミンスター・モデルをめざしたものであった。しかし、そのモデルの本家であるイギリスでは第二院(貴族院)の権限が比較的弱いため、第一院(庶民院)で多数派を占める政党の党首が首相になって強いリーダーシップを発揮することができてきた、とされている。このように第二院の権限一つとってみても、ウェストミンスター・モデルが前提とする政治制度と日本の政治制度には大きな違いがあるのである。【引用『現代政治学』加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦ら著 p271 「ねじれ国会」の問題】
内閣と議会の連帯責任 ―内閣不信任と議会解散
議院内閣制の下では、内閣と議会(特に下院)の意思が一致することが予定されている。内閣と議会の足並みがそろわなくなれば、内閣総辞職か議会解散かという選択を余儀なくされる。
【内閣不信任決議と議会解散】
- 衆院:内閣不信任決議権(強制力あり)
- 参院:問責決議 (強制力なし)
参議院の問責決議:衆議院の内閣不信任決議が内閣を対象としたものであるのに対し、参議院の問責決議は内閣総理大臣、国務大臣(閣僚)、副大臣などの個人が対象となる。可決しても法的拘束力はない。
首相の議会解散権は衆議院に対してのみ。参議院には及ばず 。
【郵政解散が投げかけた重大な問い】2005年8月、郵政民営化法案の参議院での否決を受け、小泉首相(当時)はただちに衆議院を解散(7条解散)。政府の法案に合意した衆議院を解散することで、参議院に政治的圧力をかける。
⇒参議院の権威と存在意義を脅かすのではないか? ・衆議院の賛成決議を無意味化のではないか?
⇒個別的な問題において、内閣が解散を武器に議会を揺さぶることが容認されるか?
⇒内閣と衆院の意見一致を予定。しかし内閣と参院が対立した場合、それを解消することは困難。
⇒衆議院解散の憲法的根拠:69条(衆議院の内閣不信任)解散、7条3項(天皇の国事行為)解散
★議院内閣制と議会による行政監督
- 議院内閣制では、議会による行政統制は困難。政権与党が支配する議会が政府を監視するのは、言わば二律背反の役割。
- 議院内閣制においては、強力な司法がない場合、政府を率いる首相は、政権与党の支持を受けて大きな自律性をもつ。
議院内閣制における衆議院と参議院
日本の議院内閣制は、基本的に内閣と衆議院の連帯関係に根ざす。逆に参議院は、内閣と衆議院の密接な連帯関係から距離を置き、より中立的な立場で議院内閣制を補正する任務を負う。
権限上の「衆議院の優越」:首相の指名、予算案の決議、条約の批准において衆議院は参議院に対して優越した権限を持つ。
日本の内閣制度と内閣総理大臣
- 内閣:内閣総理大臣(首相)およびその他の国務大臣による行政権行使のための合議体。行政権は内閣に存在(憲法65条)。その行使に関し、国会に対して連帯して責任を負う。
- 内閣総理大臣:行政権を保有する内閣の首長。内閣を構成する国務大臣の首班。首相。【任務】閣議の主宰、国務大臣の任免、施政方針の表明、行政各部の指揮監督、国会の解散権限の保有。
- 国務大臣:各行政省庁の行政事務を分担管理する主任大臣。各所掌分野の責任者として行政権を分掌。
- 閣議:内閣がその職務行使において、意思決定を行うために開催する会議。原則的に全会一致制。
日本の首相の指導力を縛ってきた諸要因
- ボトムアップの日本型政策決定:首相をリーダーとする内閣のトップダウンの政策決定(英国型)ではなく、各行政省庁の官僚機構によるボトムアップの政策決定。
- 閣議における首相権力の弱さ:各行政事務の指揮監督は閣議の決定方針に基づいて行うこととなっているが、閣議決定は全会一致が原則、そのため個別の大臣の影響力が相対的に大きくなってしまう。
- 政府・与党二元体制:首相をリーダーとする内閣の一元的な意思決定に与党議員が従属する(英国型)のではなく、与党内にも政府とは別の政策決定プロセスが存在するため、政府は常に与党との連絡調整を余儀なくされる。
- 族議員が中心となった非公式の利益調整
- 派閥間の権力闘争と派閥均衡人事
※日本の国会は、制度的に政府から独立して運営される。⇒ 国会運営の主導権を握るのは与党。
1990年代からの政治改革・行政改革の努力と成果
90年代以降の政治・行政改革(小選挙区選挙導入や内閣機能強化、中央省庁改革)により、首相および内閣官房の役割と指導力を強化。官僚政治を克服し、「官僚内閣制」から真の議院内閣制へ脱皮しようとする努力。
★内閣関係の具体的な改革★
政府内の調整、政策の企画立案と意思決定において、首相のリーダーシップを強化。
- 閣議改革:閣議における首相の発議権を保障。内閣の重要政策に関する基本的な方針を発議する権限を法的に保障。
- 首相の補佐・支援体制の強化
- 内閣官房の機能強化=行政の総合調整だけでなく、重要政策の企画立案も可能に。
- 首相補佐官など首相の政策的なアドヴァイザーを増員。
- 内閣府の創設および内閣府特命担当大臣の設置。
- 内閣府内に、経済財政諮問会議など政策の司令塔となる専門会議を設置可能に。
- 各省に副大臣、大臣政務官を設置。
(おまけ)首相兼与党党首の権力強化:議員立候補者の公認権を党首に独占的に保障することで、首相兼与党党首は、公認権を盾に党内反対派を牽制し、指導力の基盤強化に成功。例えば、郵政解散(2005)のときの小泉首相。
【補論】日本の三権分立
◆立法=行政関係(議院内閣制)
立法府と行政府は均衡し、内閣と議会与党が二人三脚で国政を運営
- 国会の内閣総理大臣指名権
- 衆議院の内閣不信任の決議権:可決されると内閣は総辞職か衆院の解散・総選挙を選ばなければならない(69条)
- 内閣の衆議院解散権(7条3項・69条)
- 国会の国政調査権(62条)
◆立法=司法関係(司法の独立)
- 国会から裁判所への過度の干渉を排除
国会は法律を制定して裁判官を拘束(76条3項)、国会議員からなる裁判官弾劾裁判所の設置(64条) - 違憲立法審査権:裁判所は、国会の制定した法律の憲法適合性を審査する違憲立法審査権を有する
◆行政=司法関係(司法の独立とはいえ関係は密接)
- 判事の行政任命 :最高裁長官は、内閣が指名、天皇が任命。その他の最高裁判事は、内閣が任命。下級裁判所の判事は、最高裁判所の指名者名簿により、内閣が任命。
行政が司法の任命権を持つことは世界的に概ね共通。しかし任命において国会の関与が一切ない点で、日本の行政・司法関係は極めて密着。また政権交代が著しく少ない点も日本の特異性を際立たせている。
- 判検交流:裁判官、検察官、法務省職員らの人事交流や相互の出向による業務交流。※12年、刑事部門での交流廃止。
- 司法消極主義:日本の司法は政治部門に対する法的判断を控える傾向が強い。また内閣が裁判官人事に深く関与しているためか、行政訴訟で行政に不利な判断は滅多になく、最高裁が国に逆転勝訴をもたらすことも多い。
- 内閣法制局の大きな存在:行政府内における法令の審査や法制に関する調査を担当。法律問題に関し内閣や各大臣に意見を表明したり、 閣議に付される法律案、政令案及び条約案を審査。「行政府における法の番人」。
司法の適正化に向けて
- 内閣法制局の廃止論:法律(案)の審査や解釈は、国会内の法制局が行なうべきという議論。民主党内に多い議論。
- 憲法裁判所の導入:司法の違憲立法審査を機能させるため、憲法判断を専門に行なう裁判所を設置すべきという議論。(判事任命権を国会におかないと、結局は現行制度とあまりかわらない?)
- 行政訴訟における裁判員制度の導入:国や自治体に対する賠償請求訴訟など、行政訴訟に国民を参加させ、行政訴訟に国民の意識を反映させるべきだという議論。
- 検察審査会の強化:検察官が独占する公訴権の行使に民意を反映させ、かつ不当な不起訴処分や起訴猶予を抑制するために有権者で構成される検察審査会。09年5月、その議決は法的に検察官を拘束するようになった。より強化すべき?
- 国会中心主義? それとも内閣優位の議院内閣制?
日本国憲法は、国会が国政全般にわたって中心的な地位を占める国会中心主義をとる。よって政策の決定は立法を通じて国会が行い、それに基づいて内閣が執行するというのが本来の姿。国会が唯一の立法機関であるのはその証。しかし現実には、内閣が政策立案から法案作成までとりまとめ、国会はまるで内閣提出法案の審査機関でしかなくなっている。
政党の定義
政党:共通の理念や政策をもち、その実現のために、政権獲得を目的とした政治活動を行う団体。議会制民主主義の根幹を支える団体。「政党は現代政治の生命線である」(S.ノイマン)
政党という概念は政治学の歴史において比較的に新しい概念である。政治理論史において長い間それは徒党や派閥とほとんど区別されずに使われてきた。すなわち、これらは一定の集団がその個人的利益のために、他の人々や社会全体の利益の犠牲において政治過程を支配するものであり、政治社会の分裂の最大の原因として糾弾されてきた。こうした伝統的イメージと政党との間の決定的違いを理論的に確立したのが、E・バークであった。彼の有名な定義によれば、「政党とは、全員が同意しているある特定の原理に基づき、共同の努力によって国民的利益を推進するために結集した人々の集まりである」。ここでバークはそれまで危険視されてきた政治集団を国民的利益の推進と結び付けることによって、単なる私的利益にしか関心のない派閥や徒党から政党を峻別し、いわば公的な義務や責任を一定の原理によって果たす団体として擁護した。(この議論は極めて論争的な主張であった。バークの主張は、当時王権の権力濫用に反対して英国国制を擁護するために団結した議員団を従来の徒党から区別する政治的意味を持っていた。とつづく)【引用『政治学講義(第二版)』佐々木毅 著 p185 政党の概念と機能】
ここで政治一般や政治家一般について議論するのと区別して、政党政治、その担い手の政党という仕組みの特徴を改めて正確に自覚する必要がある。政党は政治家が集団で政権を目指し、集団でそれを運営しようという独自の仕組みである。そこに強みも弱みもある。それをまず冷静に見分けることが必要である。この問題を考えるとき、私の念頭に思い浮かぶのは次のような福沢諭吉の指摘である。(中略。一人ひとりが集まって物事を議論することは個人で物事を考えるとは様子が違うものだ。それが悪い方向へ働くこともある。と前置きしたうえで)一人一人が才子であるのに集まるとどうして持ち前の知力に不似合いな愚かなことをするのか、というわけである。かくして「日本の人は仲間を結て事を行うに当り、その人々持前の智力に比して不似合なる拙を尽くす者なり」という結論が出てくる。【引用『政治の精神』佐々木毅 著p205 政党政治の独特の構造】
人民の意志や一般意思というものが確固として存在し、それが政治を動かすという「人民による人民のための政治」を素朴に信じていいのか。ここでいう人民の意志も一般意思も政治家や政党が人為的に形成したものではないのか、政治を推進するものというよりはむしろ政治の産物ではないのか。J・シュンペーターは自著『資本主義、社会主義、民主主義』のなかで、「人民による人民のための政治」を素朴に信じる立場を痛烈に批判した、政治家の宣伝や操作に対して無防備であり餌食になってきたと。【参考『政治学講義(第二版)』佐々木毅 著 p131 政治家による政治】
近代政党の成立背景
政党に類する(政治的)党派は、近代以前の身分制議会にも存在(貴族政党)。それが近代政党になる条件は?
- 議会の独立性:議会が国権の最高機関となって初めて、近代政党としての役割と存在意義が確立。
- 代表委任の確立:国民代表の近代議会は、政党にも単なる私的結社ではなく公党としての役割を求める。
- 多数決原理の確立:常に多数派工作が必要。見解の近い者が結束する効果をもたらす。
政党の主な機能
- 政策形成機能:各政治領域における具体的な施政計画を作成する機能。
- 利益表出機能:社会に存在する問題やニーズを政治プロセスに引き上げる機能。
- 利益集約機能:社会の諸要求を調整し、具体的な政策提案にまとめあげる機能。
- 政治家の人材発掘と登用:政治家に適した人材の発掘・登用・育成。政治的リクルートメント。
→ 政党政治では、政党の活性化のため、新しく優秀な人材調達がつねに欠かせない。 - 政治的指導者の選抜:政権をどの政党が担当し、誰が政府首班となるのかを決定する機能。
- 政治教育(政治的社会化)機能:国民に政治に関する情報を提供し、国民の政治的判断力を養う機能。
政党の存立基盤と類型
- 組織母体の歴史的変化に基づく類型
- 幹部政党(名望家政党):19世紀の制限選挙時代に一般化。地方の有力者(名望家)中心の政党。議員も大半は名望家。歴史的には、かつての貴族や士族、地主に加え新興資本家などの支持を得た保守主義政党や自由主義政党が幹部政党。戦後は中産階級に党勢拡大。院外の一般党員は多くなく、経済団体や有力な職能団体の組織的支持に依拠。
- 大衆政党(国民投票型民主政党):20世紀の普通選挙時代以降に一般化。一般大衆を組織化して党員の数を増やすことで支持基盤の拡大を目指す政党。院外に全国規模の党組織。一般大衆が党員に。各国の共産党は代表例。
- 間接政党:幹部政党と大衆政党の中間に位置する組織構造を持つ政党。個人党員をもたない大衆政党で、労働組合や職能団体が組織母体となって形成する政党。イギリス労働党が原型。日本では (旧) 社会党など。(参考)ネットワーク型政党:強固な党組織を持つ中央集権型の政党ではなく、各地域に自然発生的に形成された市民グループなどが地域を越えて連携するなどして政党のようになったもの。
- 綱領・政策による類型
■綱領:政党の基本的立場・理念・活動方針・政策など要約した文書。
cf. マニフェスト: 政党が選挙前に示す公約。政権公約。政策綱領。- 世界観政党(イデオロギー政党):実現すべき社会の理想と国政運営の指針として、何らかのイデオロギーを掲げる政党のこと。 例)保守党、共産党、社会党・・・
- 単一争点政党:特定の争点に絞って支持を募る政党。 例) 緑の党、女性党・・・
注)単一争点政党といえども、その他の多様な問題に関する政策を持つ。それなくして政治活動は不可能。
- 支持層による類型
- 階級政党:ある特定の社会階級を支持基盤とし、その利益を代表する政党。例)共産党。
- 包括政党:特定の社会階級、地域、職業、宗教を越えて、国民各層からの幅広い支持を目指す政党。
→かつての幹部政党の多くは大衆化するにしたがって包括政党になる傾向がある。例)自民党。 - 国民政党:理念的には、特殊な個別利益の代表ではなく、諸利益相互の対立を調整し具体的な方策を提示することを使命とする政党。国民一般からの広い支持を求める。まさしく近代政党の理念型。
政党制
政党制:政治過程に参与する主要政党の数 や各党の主義主張、政党間の勢力関係などで規定される政党政治の態様。
サルトーリの政党制類型:
- 政党間の競合性(自由選挙や政党活動の自由の有無)
- 政党間の政策的距離(イデオロギー距離)、以上二つの尺度で類型。(添付資料参照)
多党制と連立政権(連合政権)
1)連立政権(内閣)
二つ以上の政党の党員から成立している政権(内閣) ⇔ 単独内閣(政権)
→多党制下の議院内閣制において、単一政党では政権を構成できない際に、連立政権が組まれる。
2)連立政権の規模と安定性
- 過小規模内閣:過半数に満たない連立内閣 ⇒不安定
- 必要最小規模内閣(最小勝利内閣):過半数確保に最低限必要な政党で構成される連立内閣 ⇒比較的安定
- 過大規模内閣:過半数確保に必要以上の政党を含む連立内閣 ⇒不安定
3)連立与党の数と政策の共通性
連立与党の数が少ない方が、政権が安定。
与党間の政策的相違が小さい方が、政権が安定。
政党政治への批判
- 派閥政治への批判
主要政党の多くは、有力な党幹部の周辺に非公式の議員グループである派閥をもつ。派閥単位で役職や利権の争奪が行われたり、党内論争で取引がなされる。特に政権与党内の派閥の力学で政治の流れが決まってしまうことへの批判は強く、真の政党政治の阻害となる。かつては多額の選挙資金を収集分配し、相互に選挙協力する組織としても派閥は力を持った。 - 国対政治への批判
国対政治とは、与野党の国会対策委員会の間で行われる妥協的な国会運営。互いの面子を重んじ、密室での裏取引や貸し借りで相互利益を保持しようとするので、議場での真剣な政策論争を阻害する悪因とされる。政党には統治機構の一部としての機能だけでなく、社会の利害を代表し調整する側面がある。社会と国との「中間団体」として両者を媒介する存在。近年、市民団体やネットにその役割を期待する向きもあるが、相反する社会の多様な利害を討論や説得、ときに買収や恐喝を交えて調整し集約する営みは、政党にしかできない。


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