はじめに
確率の教科書では、サイコロやコイン投げがよく登場する。たとえば通常のサイコロなら、1から6までの目は同じ確率で出ると考えられる。これを「同様に確からしい」という。
赤いサイコロと白いサイコロを同時に投げる場面を考えよう。赤の出目が白の出目に影響を与えることは通常ない。
事象A:赤いサイコロが1を出す
事象B:白いサイコロが4を出す
このとき、
P(A ∩ B) = P(A)P(B)
が成り立つ。これが「独立事象」である。
赤が1を出す確率は1/6、白が4を出す確率も1/6であるから、
P(A ∩ B) = 1/6 × 1/6 = 1/36
となる。
赤が何を出そうと白は自分の確率で目を出す。そこに「仕組み」や「連動」がないからである。
自動販売機で考える独立事象
では、現実の世界でも同じように考えられるだろうか。
たとえば、大宮駅 周辺の自動販売機32台を調べたとする。
集合A:ボスのブラックがある自販機
集合B:世界一のバリスタがある自販機
実際の観測結果が次の通りだった。
A ={4,6,10,15,16,20,23,25,26,28,30}
B ={1,5,8,11,13,21,27,31,32}
Aには11台、Bには9台含まれている。
ここで、もし両者が独立なら、
P(A) = 11/32
P(B) = 9/32
だから、
P(A)P(B) = (11×9)/(32×32) ≒ 0.097
およそ9.7%の確率で、同じ自販機に両方の商品が存在しても不思議ではないことになる。
ところが実際には、
A ∩ B = ∅
つまり、両方が同時に存在する自販機はゼロだった。
したがって、
P(A ∩ B) = 0
となる。
これは、
P(A ∩ B) ≠ P(A)P(B)
であり、独立事象ではない。
ボスがあるとバリスタがなく、バリスタがあるとボスがない――何らかの「排他的な仕組み」が存在しているように見える。
「同様に確からしい」は本当に成り立っているか
ここで重要なのは、サイコロと自動販売機では事情が違うという点である。
サイコロは、理論上すべての目が均等に出るよう設計されている。だから1/6という確率を自然に考えられる。
しかし自動販売機はそうではない。
ボスのブラックは、すべての自販機に均等に配置されているわけではない。実際には、メーカーや管理会社によって商品構成が大きく異なる。
たとえば、
- サントリー系の自販機にはボスが置かれる
- コカ・コーラ系には置かれない
- アサヒ系にも置かれない
といった事情がある。
つまり、
「すべての自販機に、同じ確率でボスが置かれている」
という前提そのものが崩れている。
この場合、「P(A)=11/32」という値は、純粋な理論確率というより、観測された割合にすぎない。
生起確率という考え方
ここで重要になるのが「生起確率」という考え方である。
サイコロの1/6は、理論的に導かれる確率である。そして実際に大量に振れば、観測値もほぼ1/6に近づいていく。
しかし現実社会の多くの現象では、そもそも理論値が存在しない。
たとえば、
- コンビニで特定の商品が売られている確率
- 選挙である候補が当選する確率
- SNSで炎上が起きる確率
こうしたものは、サイコロのように厳密な対称性を持たない。
だから私たちは、実際に観測されたデータから「どの程度起きやすいか」を推定するしかない。
これが生起確率である。
標本なのか、母集団なのか
さらに難しい問題がある。
今回調査した32台は、
- 「大宮駅周辺の全自販機」なのか
- 「日本全国の自販機の一部」なのか
によって意味が変わる。
もし32台が単なる標本なら、
「たまたま重複がゼロだった」
可能性もある。
逆に、
「日本全国でも同じ傾向がある」
と言うには、さらに多くの地域や管理会社を調査する必要がある。
つまり、生起確率を論じるときには、
- 観測データに偏りがないか
- 標本数は十分か
- 母集団を何と考えるのか
という問題が避けられない。
「9.7%重なった」だけでは独立とは言えない
仮に調査結果が、
「実際に9.7%くらい重なっていた」
としても、それだけで独立事象だと断定できるわけではない。
偶然一致しただけかもしれないし、逆に見えない要因が存在するかもしれない。
独立性とは、
「互いに影響を与えていない」
という構造的な問題であって、単に数字が近いかどうかだけでは決まらないのである。
確率は「世界の仕組み」を見る道具
サイコロの問題では、確率は単なる計算に見える。
しかし現実社会では、確率を考えることは、
- 何が背後で作用しているのか
- どんな仕組みが存在するのか
- 本当に偶然なのか
を考察することにつながる。
自動販売機の配置を調べるだけでも、
- メーカー系列
- 管理会社
- 販売戦略
- 商品競合
といった「見えない構造」が浮かび上がってくる。
生起確率とは、単なる数字ではなく、「現実の仕組み」を読み解く入口なのかもしれない。


コメント