小説・FACE

 この日、僕はなかなか課題が終わらなかった。
 六時間目が終わっても、まだ図工室にいた。
 友だちは皆、先に帰った。
 シンイチ、カズヤ、タイセイ、タカシ。

――僕は今、慌てて下校している。用事があるわけではない。
 晩御飯の時間まで、テレビゲームをする。
 その時間が、なるべく少なくならないように。

 ただ何か、とてつもない嫌な予感がして、――空き地の前で立ち止まる。
「なんだ? すごく、近づいちゃいけない気配がする」
 小学五年生の時に、誰かの運転免許証を拾って交番に届けたことがある。
 財布の中身は友だちと山分けした。
 あの時はドキドキした。

 僕は、なんとなく中に入って行く。
――宝物かな?
 しかし、予感は外れる。
 見なきゃよかったと後悔する。

 おもむろに置かれた段ボール箱の中でネコが死んでいる。
 飛び散った血が新しい。
 ついさっき、誰かが殺したばかりのネコの死骸。

「可哀想に」
 僕は、両手を合わせて、ナンマイダブと念じる。

 ――すると、その瞬間視界が真っ黒になった。
 まるでお風呂場で、電気が突然消えたみたいに。
「わっ……」

 キサマ ドウジョウシタナ
 ノロイヲ カケル

――僕は突然のことで驚いた。
 それに心の中で、学校の好きな女の子のことを考えたかもしれなかった。
 すると視界は元に戻る。

 それから、家に帰ると、母が「下校中に何かあったの?」と尋ねる。
 僕は、何もなかったよと答える。本当は、すごく嫌なものを見たけれど。
「……お母さん、一時間だけいいでしょ?」
「いいけれど、宿題忘れにならないでちょうだい」
 僕はテレビゲームをして過ごす。

 その日の晩御飯の時間にテレビでスポーツニュースを見る。
 スーパースターがまたホームランを打つ。
 今年も本塁打王になるのだろうか。
――いいな、顔がカッコいい。

 翌朝――。
 僕は、昨晩ニュースで見たスーパースターになった。
 ただし顔だけ……。
 とてもアンバランスだ。
 どんなことを考えていても表情が変わらない。
 自信満々な顔がペタリと貼り付いている。

――呪い?

「なんで、急に顔が『あの野球の人』になったのかしら? 学校を休ませて病院の精密検査を受けられないかしら? 言葉遣いや、仕草がシュンタのままだから、自分の息子に違いないけれど、薄気味悪いわね。嫌ね、子どもの癖に自信満々で」
 母は、心配した顔をしている。
 父は、怒った顔をする。
「こんなことで学校を休ませてなんになる」

 僕は、父の言いつけ通りに学校へ行く。
 通学班の仲間にもゲラゲラ笑われてしまう。

 ――そして、友だちグループに見つかる。シンイチ、カズヤ、タイセイ、タカシ。
 教室の友だち四人がこっちを見ている。
「おはよう!」
 僕はいつも通り、元気よく挨拶する。
 シンイチは、こちらに向かって歩いて来る。
「誰だ、お前?」
「シュンタだよ」
 シンイチならわかると思った。
 しかし、シンイチはとても不思議そうな顔をしてから、怒りが露わになる。
「は? おい、ちょっと、お前ら。奇怪なヤツがシュンタを名乗っている」

――え?

 次の瞬間、

 ボカッ!

 ――僕は殴られる。

 シンイチは「奇怪なヤツ」と言いながら、僕をボコボコに殴る。他の友だちも止めに入らず、羽交い締めにしたり、足の甲を踏んだり、膝の裏を蹴とばしたりする。

 ブハッ……!
 ボタタッ!
 僕は鼻血が出る。

「ムカツクな、コイツ……」
「おい! シュンタをどこやった!」
「地球外生命体だろ!」
 友だちは、僕をそのままズルズルと引っ張る。
 僕は、昨日ネコの死骸を見つけた空き地に連れて来られる。

「うげっ……! 昨日、殺したネコの死骸、まだ片付いてねぇぞ!」
「また金を拾えると思ったら、違くてむしゃくしゃして殺したネコがまだいるぞ!」
「この顔だけスーパースターと何か関係があるのでは?」

 ドコッ!
 バキッ!
 ドスン!

 シンイチは、大きな石を手に取る。
「いいや、もう。昨日のネコみたいに殺しちまおう。顔だけスーパースターで気味悪いし、よ」

 ――シンイチは、僕の返り血を浴びるまで、

 ガツン、
 ガツンと、
 
 顔を殴る――。

「シュンタを返せ、シュンタを」
「シンイチ……」
「は?」
「……シュンタだよ。僕の顔を元に戻そうとしてくれて、どうもありがとう」

 するとシンイチは、急に怯む。
「お前、もしかしてシュンタなのか? シュンタだな。悪い、皆。コイツ、俺達のシュンタだったわ。ごめんな、シュンタ。野球やろうぜ。そんな顔になっちまったのなら、本当に野球選手になろうぜ。気味悪いからよ」

 オエエ……。
 血をとっぷりと吐く。

 それからゆっくりと視界が暗くなる。
 なんとなく、もう目が開かない気がする。

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