回転式徳俵 作・藤倉崇晃
私が目覚めると部屋は暗い。時計を見なくても身体が覚えている。――夜明け前。枕の固さがはっきりとしている。しばし天井を見つめてからゆっくりと、布団から身体を起こす。三月場所を目前に控えて、私は妻子と暮らす自宅を一時離れて、部屋で寝泊りをする。
今日は出稽古に新関取がやって来る。
若い衆の寝息が廊下の向こうから聞こえる。まだ誰も起きていない。
身体には昨日の稽古の感触が肩と腰に残っている。
私は、窓を少し開ける。冷たい空気が入ってくる。遠くでトラックが走る音がする。
私は洗面台で顔を洗い、歯を磨く。それから手拭いで顔を拭く。水は冷たい。額にかけると、気持ちが引き締まるようだ。
それから私は庭へ出る。土俵小屋の屋根が、まだ黒い空の下に沈んでいる。夜露で土の匂いが濃く感じられる。
――六年目の横綱として迎える三月場所は、今までと全く違う緊張感に満ちている。
私は土俵小屋に向かう。
「徳俵など眼中にないから横綱なのだ」
私は、誰も聞いていないのをいいことに、心の奥底から声を解き放つ。――三月場所から、徳俵が回転する。ここ土塚野部屋で稽古をする全ての力士、いや大相撲の全力士の選手生命をかけたルール変更がなされた。
私は土俵に上がり、裸足で砂を踏むと、足の裏に、少し湿った土の感触がある。私は右脚を高々と揚げる。
ドンッ! ――足をゆっくりと降ろして四股を踏む。まだ暗い稽古場に音が広がる。
すると遠くで襖の開く音が聞こえてくる。さては若い衆が起きたのだろう。
「横綱・白竜の名に懸けて必ず優勝する」
私の闘志は、あくまで力士の矜持、――己の優れた能力を誇る心の炎だ。力士は格闘家ではない。武芸者でもない。相撲は国技であり、神事。力士は力士。そう思うと一気に身体が温まった。これから若い衆の稽古の面倒を見る。
その後、新関取は太陽が出る頃に部屋にやって来た。思ったよりも早く、門前に表れた。表情には決意が滲み出ている。――まあ、そうだろうな。せっかく関取になれたのに、ルールが変わってしまったのだから。彼は私に礼をし、土俵に上がる時には再度膝をついて礼をした。彼は幕下や関取と何番も取って、その後でようやく私が稽古の相手になる。
ドンッ!
私は胸を出して、打って来いと言う。
――強くなりに来たのだろう。
稽古は昼に終わる。
新関取はちゃんこ鍋を食べて、また礼をして帰って行く。
「白竜関は徳俵が回転することをどう思いますか?」
帰り際に尋ねられる。――まあ、そうだろうな。稽古中は寡黙を貫いていても、本音は回転式徳俵なんてルール変更はやめてもらいたい。
私は、様々な言葉が頭を駆け巡ったのに、この若者に言うべきことはあえてこれだと思う。
「力士は相撲だけ取れ」
帰って行く彼の背中は、どこか寂しそうだった。――確か、高校横綱だったか。角界入りの報道は賑やかだった。次は入幕だ、入幕したら幕内で快進撃だ、金星だ、初優勝だ、と頭で思い描いていただろうか? あるいはそんな会話をしてやればよかったかもしれない、私が人生の先輩としてできることだろう。
昼寝の時間が終わると、若い衆も自由だ。身体を休めてもいいし、外出してもいい。
私は、妻子と待ち合わせをして、千葉駅前の家電量販店で買い物をする。千葉駅は、両国駅から電車で一本だが、そこまで近くはない。私が角界入りした十五年前であれば、こんな所に相撲の広告が貼られることはほとんどなかった。エスカレーターの空間にぶら下がる巨大広告。東口を出て建物へ向かう途中の電光掲示板にだって、相 撲のプロモーションビデオが再生され続ける。
――スモウ イズ ザ グレイテスト イリュージョン イン レスリング!
派手な音響と共に、相撲のコマーシャルが延々と流れている。
子供向けの動画が作成され、世代を超えた人気に火がつく。
――あれは私だ。私が、まるでアメコミのヒーローのように空を飛んでいる。
「確かに相撲は世界的な人気スポーツになったよ」
私は思わず声を零すように呟く。
妻は、私の心情を察したように言う。
「報道がスーパーマンのように語っても、貴方は貴方のままよ。三月場所も、正々堂々勝負してください」
私は、何年も前に言った青臭い言葉を思い出す。――どんな時も、正々堂々と勝負します。だから私のお嫁さんになってください。妻は「いいですよ」と言って結婚してくれた。私は、本当に私が守らなければいけないと思えた、世界でたった一人の女性をお嫁さんにした。私が守るべきものは沢山あるけれど、そのうちの一つに生きる女性がいる。
中学時代の恩師の祝福の言葉が忘れられない。――君が、人が本当は一番欲しいものを手に入れたことが、皆は羨ましいのだよ。この先、どんな苦難にも負けちゃいけないな。
「なに。回転式徳俵など眼中にない……」
私は、言いかけて口を噤む。
――聞こえる。
電光掲示板の画面が切り替わって、政治家が話していた。そのせせら笑う声が鼓膜を掻きむしる。
――相撲をよりエキサイティングにしましょう。アメリカンスポーツと融合し、スポーツの頂点へ。相撲はスモウへ。
私は、苦々しい気持ちをぐっと堪えて横を通り過ぎる。
妻は察したように、息子を連れて私と歩く。
経済という言葉は前から好きではない。それは、政治家と呼ばれることをほとんどの人が嫌うのと同じだと思う。
余韻が、ひりひりと背中を撫でる。
事の発端は三年前だ。アメリカンフットボールの大本営と、メジャーリーグベースボールの大本営が共同で出資した。――大相撲買収。アメリカに頭の上がらない日本政府はあっさり大相撲を手放した。あっという間に角界は資本家らに牛耳られた。様々なアイデアが提案され、その度に角界の大御所らが抗議を重ねた。――しかし、資本主義だ、自由主義だ、なんだかよくわからない言葉で言いくるめられて、遂に今年の三月場所から徳俵が回転する。これでとても見ごたえのあるスポーツになるとのことだった。公共放送の科学番組では、技術的に徳俵を回転させる方法が解説された。アメリカの巨大企業の研究者が、人工知能で回転速度を加減すると嬉しそうに話していた。
力士らの反応も様々だった。
回転式徳俵の採用が決定した直後、もう一人の横綱・古都護国が電撃引退した。
「体力の限界!」
古都護国は、もったいぶって本心を話そうとしなかった。記者会見を見ていて、私は苛立ちを覚えたのをよく覚えている。
「相撲は神事です。日本人同士で、争いごとを解決する際、過度に相手を加害しないように編み出されたものが、遂に神事となったのです」
古都護国は、記者会見の最後になって、わざとそのタイミングで言ったのだろう。誰しもが、回転式徳俵への抗議で電撃引退するのだと思った。
三月場所が迫るにつれて、部屋の稽古は熱気を帯びていった。
ドンッ!
ドンッ! ドンッ!
音も荒々しくなる。
まるで力士という力士が、「俺は力士だ」と叫ぶような、土を踏みにじる音。彼らの義憤を感じた。力士という概念そのものが試されていると、――いや、そう思うな。そう思うのではない。相撲を取るから力士なのだ。相撲さえ取っていればいい。心穏やかにいられない気持ちはわかる。しかし、試されているのは力士とは何かではない。力士としての矜持、ただそれだけだ。
私は稽古中の言葉に熱を込めて、なんとか伝わるように若い衆の面倒を見てきた。
――それが、
いざ始まってみれば、三月場所は、
――スモウが神事なら、神が見ているのだから、悪いことにはならないだろう。
アメリカの巨大資本の言い草が、案外しっくりくるものだった。
意外にも大きな怪我をする者はいなかった。理屈を言えば、土俵際での攻防はそもそも避けるのがセオリーだ。なかなか徳俵に押し込まれる展開にはならない。
もちろん、いざ徳俵に足がかかると、急回転して力士は転倒を余儀なくされる。突然、ズドンと転ぶ。一日に、何回かそういう光景は見られた。
まるでギャグ漫画でも見ているように、外国人の観客は喜んだ。
私は勝ち星を重ねる。
徳俵が回転したら横綱でいられなくなった。
これだけは言われたくない。
それが人情だ。
千秋楽を明日に控え、全勝は大関・大亜門土。これから十四日目の結びの一番だ。
――白竜 対 獄岳寺。
勝てば私は全勝を、対戦相手の大関・獄岳寺は一敗を守れる。
私は、塩を撒く時、ふと思う。こうやって両者が怪我をしないように願う儀礼があるというのに、よくも力士の身体を顧みないルール変更をしたものだ。
――はっけよい!
行司の合図と同時にぶつかり合う。
ドンッ!
音と共に回しを取り合い、それでいて互いに捕まらないように競り合う。捕まるとは、要は自分の体重を相手に制御された状態だ。これをやられると、どんな巨体でも 手荷物のように運ばれるだけだ。
やがて膠着状態になる。
私は、どこか宙を見つめながら土俵の真ん中で息を吐く。
獄岳寺の重心の位置、傾き、それらを触覚で感じ取る。
すると、観客席から外国人の声援が聞こえてくる。
――ムーブ! ムーブ!
相撲はバランスの奪い合いだ。私は獄岳寺のバランスを奪うために彼の上手を取った。獄岳寺はもっぱら防御で私の下手を取っている。――私から攻めないと。しかし、相手も大関だ。空いている片方の手が何をするかわからない。……まあ、上手だろう。獄岳寺は先に左四つにしたい。
私は一瞬の隙をついて、脇を差す。先に左四つ。そのまま寄り切ろうとする。
獄岳寺は遅ればせながら左四つ。これで相四つだ。奇しくも徳俵近くの攻防になる。獄岳寺は腰を落とし、身体を反らせようとする。――うっちゃる気か。
その動作に入って、観客席からまた「おお」と怒声があがる。
バランスを保とうと、獄岳寺がすり足であとずさると、回転式徳俵の上に左足が乗る。
――回転は……!
「うっ……」
一瞬、微かなうめき声が聞こえる。
獄岳寺の足の指が回転式徳俵に巻き込まれて、挟まったのだ。
バキッ……!
足の指の骨が折れる音がここまで聞こえる。
――逆回転! 回転式徳俵はこんな回転もするのか!
そして次の瞬間、回転式徳俵は獄岳寺の足の指を吐き出して、今度は巨体を土俵の外へ弾き出すように、回転がまた変わる。
ギュンッ! ドドオッ!
――獄岳寺は回転式徳俵に操られるように、自分の相撲を終わらされた。軍配は私にあがるが、これは酷い一番になった。
獄岳寺は立てない。
それもそのはずだ、獄岳寺の左足の親指がサツマイモのような色になって腫れあがっている。
「こ、こんなことをしていいと思っているのか」
私は思わず言葉を吐き捨てる。
すると、観客席から外国人の声援が聞こえてくる。
――アッハッハッハ! ストロング イズ ジャスティス!
私は怒りを覚える。
相撲を見に来てくださっている方々に、とうとう怒りを――。
獄岳寺の怪我はニュースになった。明日の不戦敗は確実。番組では、回転式徳俵の挙動が不思議だという声もあった。
「身体の強さが、今まで以上に資本になると思います。確かにスポーツ化が進むと思いますけれど、相撲に必要なフィジカルの考え方が変わるきっかけになると思います」
キャスターの言葉に、私は電流が走ったような衝撃を受ける。
まさか回転式徳俵を受け入れるというのか。
あんなもの言語道断だ、皆、本当はそう思っていると思っていたのに。
「私は、卑怯者ではない。卑怯者ではないが、あれが正々堂々だというなら、一体何が卑怯なのか」
――力士が相撲だ。力士が見せる相撲の形が、相撲だ。
そう考えると、体中からファイトが溢れるのを感じる。
私は気を取り直して千秋楽を迎える。
力士が相撲なら、一番強い力士は一番強い相撲だ。明日は、一番強い相撲を取るぞ。ありったけの、一番強い相撲を、見に来てくださっている方々にお見せしなければ。
翌日、千秋楽――。
結びは、大亜門土との大一番だ。
――そしてその時がやって来る。
六十本あまりの懸賞旗が土俵を回る。
私は、大亜門土を見て思う。――いい力士だ。これだけの注目を浴びながら、ここまで勝ち上がってくる。
――はっけよい!
行司の合図と同時に大亜門土の張り手が飛んで来る。
私も打ち返す。
セオリーなら、大亜門土がバランスを崩した所を狙って組みたい。
私は少し強引に上手を取ると、大亜門土は強引につっぱって、私の上手を切る。
その繰り返しになる。
私の上体は浮き、横綱ともあろう者が土俵際まで押し込まれていく。
――お前の相撲はあくまで突き出しか。
大亜門土は容赦なく、徳俵に押し込もうとする。
勝利目前の大亜門土を、私は土俵際で捕まえかける。重心を懸命に下げる。大亜門土の体重を制御する側に回りたい。
――右四つ。
大亜門土は、ありったけの力なのか、懸命に押し切ろうとする。
――諦めて四つに組め!
私はそう念じるも、大亜門土はなかなか四つに組まず、そのまま私を押し出そうとする。――まるで子供の喧嘩だ。しかし、強い。
「俺は俺の相撲を回転式徳俵に譲らん。徳俵が回転しようと、回転しまいと、俺の相撲は突き出し。そうやって戦ってきた。回転式徳俵が怪我人をどれだけ生み出そうと、俺の相撲は俺の相撲だ」
大亜門土が、ある時、言っていた言葉がなぜだか脳裏に響く。
そんなに私をあの人殺しの道具のような回転式徳俵に押し込みたいか。
次の瞬間だった、突然、二人分の体重を下腿に感じる。私は、ズンと重い手応えがはっきりしたこの瞬間を逃さない。
――好機!
私は身体を旋回させ、――上手投げで、大亜門土の身体を放り投げる。
「回転式徳俵があろうと、なかろうと、私は横綱だ」
大亜門土の身体は、回転式徳俵の上空で回転する。
そして、土俵の下に消えて行く。
行司の軍配は私。
私が勝った。
土俵に這いあがる大亜門土は、私を一瞥する。やり切った敗者の目をしている。
「あるいは貴方だ。貴方は、俺にはとんでもない回転式徳俵だ」
そう一言呟く。
私は、徳俵の所で蹲踞をして、勝ち名乗りを受ける。
行司が私を正面から見る。
――白竜!
その顔が、なぜか遠い日の父親のようなものに見えた。これから長い時間をかけて、相撲の在り方が問われるだろう。私は、その激動の時代を生きる横綱になる。力士が土俵にかける思いを全てこの胸で受け止めて。
――しかし、私の思ったことは、完全には当たらなかった。翌日の朝刊から、大相撲は激しいバッシングの嵐に見舞われる。メディアは、まるで計画通りに鉄砲隊を並べた戦国武将のようだ。テレビもインターネットも大相撲を叩く。
「ふざけるな!」
「見世物じゃねえと、言えよ!」
「獄岳寺、可哀想!」
これでは、私達力士は運営とファンの板挟みだ。メディアは、一人でも多くの人が大相撲という火中の栗に手を伸ばすように、仕向けている。
昼帯のフリーアナウンサーも、
「どうしようもない事故ですね」
と言う。
獄岳寺の件は事故だった。千秋楽が終わるまでは、回転式徳俵の味方をするような報道だったのに。「相撲がつまらない」と世間が思い立つや否や、一転して「回転式徳俵は悪」、そして大相撲は「卑怯な見世物」と罵られる。
そして、優勝力士の私に世間の注目は集まる。
私は、相撲を御見せする。その意味が、確かに横綱になってから少しずつ倒錯していた気がする。守ることばかりにとらわれて、もしかしたら貪欲に勝利に飢えたあの頃を忘れていたかもしれない。
しかし、私は相撲界を守る――! 守る立場だ!
私は感情が高ぶってそう確信する。
大亜門土は、確かに私に伝えただろう。こんなものなくても相撲は熱いと。
私は、元横綱・古都護国と共に公共放送の特番に呼ばれる。
古都護国は、自分の記者会見の時とはうってかわって無難な発言に終始する。
――何を話しても良いわけではない。ほぼ、台本がある。私は、実際に相撲を取る力士としては、ファンに正々堂々と戦う姿を御見せすることに努めたいですと言うことになっている。
その番が回って来る。
公共放送のアナウンサーは年長者らしい紳士的な態度で、私の発言を促す。
「私は……」
そう言いかけて、思わず黙り込んでしまう。
この言葉に土塚野部屋だけではなく、大相撲の全ての力士の魂が込められている。
――大亜門土。
「はい。実際に相撲を取る力士としては、ファンに正々堂々と……」
この瞬間、妻と子が頭をよぎる。
私は正々堂々としているか――。
「正々堂々と戦う姿を御見せすることに努めたいです」
私は言い切る。
すぐにアナウンサーが話をまとめにはいる。噛んでしまったぶん、後が手短になる。聞かされるのは理性的な言葉ばかりだ。国技としての在り方を問う間で、一人ひとりの人物像が歪んでしまう報道は改めなければなりません。
――皆、本当は相撲を愛しているのに、なんでお金に負けるのだ。国の宝だと思ってもらうわけにはいかなかったのか。私は、土俵では強気だったが、メディアのバッシングに堪えきれない想いがあった。悔しかった。
私が丁度そう思った時、古都護国は言う。
「皆、相撲を愛していますからね」
――え?
アナウンサーも、一瞬、驚いて、はっとした顔で古都護国を見る。少し喉を鳴らしてから、さらに話をまとめる。
その後は古都護国も静かだった。アドリブだろうか。
「それでは、十四日目に足の親指を負傷した獄岳寺関のインタビューを紹介します」
「相撲ファンの皆様、獄岳寺です。足の親指は生命線ですだなんて、言っていられませんよ。こんなの平気ですよ。来場所には間に合わせます。日本の男の子に、力士の姿を見せたいのに、機械の事故に遭う姿を見せて、本当に申し訳なかったですね。もう、いっそ落とし穴にしたらどうですか」
そう言って、笑顔だった。
――強い。
「それでは、白竜関の奥様の啓子さんの言葉も紹介したいと思います」
私が事前に聞かされていたのは、妻・啓子が話しをするということだけだ。
今、テレビで顔を出して平気だろうか。
私は一抹の不安が拭えない。
「妻の啓子です。夫は寡黙ですが、本当はすごく御調子者です。アメリカの人達に味方されて、スーパーマンになるつもりなのかなって思うことがあります。正々堂々と戦う姿を見せたいと思えば、思うほど、今度は『戦うとは何か?』なんて考えだして。そういう所がエンターテインメントなのかな? でも、愛する夫です……。グスン。ありがとう」
妻は、涙を堪えきれず泣いている。
――ありがとう、啓子。私は今、守られている。啓子に、そして皆に。
私は、感極まって、
「相撲を! 宜しくお願いします!」
と叫んでしまう。
私は、妻の言葉を聞かされて勇気づけられた。多くの人が大相撲に関心を持ってくれていることが、単純に私の胸を熱くしている。この後、番組は力士の私生活や人間ドラマを特集する。今まで孤高だった力士の存在が、より世俗的な人物像に投影されていく。最初から、このような特番が計算されていたのか、わからない。
それから相撲界を巡って、様々な激論が交わされていく。横綱・白竜は各放送局から引っ張りダコになる。朝まで討論をする番組にも出演した。
また別のバラエティー番組に出演した時には、
「相撲は、本当はすごく沢山の技術があるのですよ」
と、そのように話してみた。
すると、お笑い芸人が唖然とした顔で、ゆっくりと、
「わかりますよ?」
とツッコミをいれて笑いに変えた。
私は、嬉しかった。
「え? わかる?」
「やっぱり、横綱で成り立っているのですよ! 教えようとしてくれた!」
その時、不意に思ったのだ。土俵は、元に戻したいなと。


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