心理学の方法論 ワーキングメモリーの発見を振り返って

心理学の歴史

はじめに

心理学は、「人の心と行動を科学的に研究する学問」である。だが、はじめから科学だったわけではない。もともとは「心とは何か」という問いを考える哲学の一分野として発展してきた。

プラトン

古代では、プラトンが人間の心を理性や欲望などに分けて考え、アリストテレスは心と身体は切り離せないものだと捉えた。
プラトンは、人間の心(魂)を一つのまとまりとしてではなく、三つの部分から成り立つものと考えた。具体的には、「理性(物事を考え判断する部分)」「気概(怒りや誇りなど感情に関わる部分)」「欲望(食欲や物欲など本能的な部分)」である。彼はこの三つのバランスが取れている状態を「よい生き方」とした。たとえば、欲望のままに行動するのではなく、理性がそれをコントロールし、気概がそれを支えることで、人は正しく生きられると考えたのである。この考えは、心の中に複数の働きがあるという発想を示した点で、後の心理学にも影響を与えている。

心身二元論

その後、近代になるとルネ・デカルトが重要な考え方を示す。それが「心身二元論」である。
心身二元論とは、「心(精神)と身体(物体)は本質的に別の存在である」とする考え方である。デカルトは、身体は機械のように物理法則に従って動く一方で、心は考えたり感じたりする非物質的な存在だと考えた。たとえば、手が熱いものに触れて反射的に引っ込める動きは身体の働きとして説明できるが、「熱いと感じる」「怖いと思う」といった体験は心の働きである、というように区別する。この考え方によって、「目に見えない心」を独立した研究対象として扱う道が開かれ、後の心理学の発展に大きな影響を与えた。

心を実験する

19世紀後半になると、心理学は大きな転換点を迎える。ヴィルヘルム・ヴントが1879年に世界初の心理学実験室を設立し、心を実験によって研究しようとしたのである。ここから心理学は哲学から独立し、科学としての道を歩み始めた。
その後、心理学の中では異なる立場が生まれる。一つは、心を感覚や感情などの要素に分解して理解しようとする構成主義である。これに対して、ウィリアム・ジェームズが代表する機能主義は、「心は何の役に立つのか」という働きに注目した。つまり、「心の中身」ではなく「役割」を重視したのである。

行動主義

20世紀に入ると、心理学はさらに大きく方向を変える。行動主義と呼ばれる立場が登場し、「心は直接観察できないため科学の対象にならない」と考え、観察できる行動だけを研究対象とした。代表的な人物にはジョン・ワトソンやB・F・スキナーがいる。彼らは、人間の行動を「刺激と反応」の関係で説明しようとした。
しかし同じ頃、別の方向から人間の心を捉えようとする考えも現れる。ジークムント・フロイトによる精神分析である。フロイトは、人間の行動は意識できない「無意識」によって左右されていると考え、夢やトラウマの分析を重視した。

認知心理学

やがて20世紀後半になると、再び「心の中」を研究しようとする認知心理学が発展する。人間を情報を処理する存在と捉え、記憶や思考、判断といった働きを科学的に研究するようになった。
現在の心理学は、これらの考え方を一つにまとめる方向に進んでいる。脳の働きと心を結びつける研究や、社会や文化が人間に与える影響、さらには幸福や成長を扱う分野など、多様な視点が共存している。
このように心理学の歴史は、「哲学として心を考える時代」から「科学として測定する時代」、そして「さまざまな視点を統合する現代」へと発展してきたと言える。

心理学の手法

ブラックボックスとホワイトボックス

人の心を箱に喩えるとき、中身の見えない黒い箱と、中身が透けて見える透明な箱とどちらが適切だろうか。小説の登場人物の心理を読み解くように、人の心を理解できるだろうか。現実の人間も、小説の登場人物も、両者の中間のような存在に違いないのだ。ここで心理学は手法として、いずれであるかを決めてかかる。人の心は透けて見えるものではないから、黒い箱として扱ってしまおう。様々な刺激や課題を与えて、反応や成績を観測し、その事実(データ)を積み重ねて知見にしていこう、これも一つの立場だ。たとえば知能検査ではワーキングメモリーの強さを測定するが、これはテストを解かせるのであって、頭がい骨を切り開いて中身を見るわけではない。しかし、MRIなどの検査で「海馬がしっかりしている」と確認する現代においては、ワーキングメモリーの強さを物理的に観察して知ることも可能である。

ワーキングメモリーの発見

ブラックボックス的な方法

行動だけを見る立場(ブラックボックス的な方法)では、研究者は「入力」と「出力」だけを厳密に操作・測定する。たとえば、被験者にランダムな数字列(例:7・2・9・4・6)を数秒見せて、その後どれだけ正確に再生できるかを測る。このような課題から、人間はおよそ7個前後の情報を短時間保持できる、といういわゆる「短期記憶の容量」が見積もられた。
ところが、ここに別の課題を“同時に”入れると、様子が大きく変わる。たとえば、数字を覚えながら「3ずつ引き算をし続ける(100→97→94…)」といった課題を課すと、さっきまで覚えられていたはずの数字列の再生率が急激に落ちる。ここで重要なのは、「見る→覚える→思い出す」という流れ自体は同じなのに、“途中で別の処理を挟むだけで結果が崩れる”という点でだ。
さらに、「保持のしかた」の違いも問題になる。単に単語を覚える課題よりも、「単語をアルファベット順に並べ替えながら覚える」といった――操作を伴う課題のほうが、明らかに難しくなる。もし記憶が単なる「入れておく箱」であれば、操作が増えても保存能力自体は変わらないはずだ、しかし実際には成績が悪化する。つまり、保持と処理が互いに干渉していることが示唆される。
こうした実験結果が積み重なることで、「短期記憶=一時的な貯蔵庫」という単純なモデルでは説明できないことが明らかになった。人は情報を「ただ保存している」のではなく、「処理しながら保持している」ということだ。そしてその処理には限られた資源があり、別の課題に使われると記憶の成績が落ちる。このようにして、「記憶の量」ではなく「処理と保持の関係」そのものを問題にする必要が出てきたのだ。

ホワイトボックス的な方法

一方で、心の内部構造を積極的にモデル化しようとする立場では、「頭の中で何が起きているのか」を仮説として組み立てる。その代表が、アラン・バドリーとグラハム・ヒッチによるワーキングメモリー・モデルだ。
彼らは、短期記憶を単なる一つの箱としてではなく、複数の役割に分かれたシステムとして考えた。具体的には、注意をコントロールする「中央実行系」、音声情報を扱う「音韻ループ」、視覚・空間情報を扱う「視空間スケッチパッド」などだ。このモデルは、「なぜ同時に異なる種類の課題ならある程度こなせるのか」「なぜ同じ種類の情報だと干渉が起きるのか」といった現象を、内部構造の違いとして説明する。
つまり、ブラックボックス的な実験で見つかった「説明できないズレ」を手がかりにしながら、ホワイトボックス的に「頭の中にはこういう仕組みがあるはずだ」と具体的な構造モデルを提案したのが、ワーキングメモリーという概念の成立過程だったと言える。

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