ハンセン病文学

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ハンセン病文学を訪ねて④「吹雪の産声」 ――排除されてなお共同性を求める

條民雄『吹雪の産声』における「他者存在」は、人間が単独では自らの存在を支えきれないことを前提に、要は支える存在として描かれている。療養所の患者たちは社会から隔離され、自分が「生きていてよい存在なのか」という不安を抱えている。
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ハンセン病文学を訪ねて③「癩院受胎」 ――観念の否定と肉体のエゴ

性の対象になっていく女性のハンセン病患者が物語の軸です。成瀬という立場のすっきりしない男性を視点人物にして、善悪定かならぬ境地をありのままの混沌として描く面白さがあります。障碍者同士の結婚や出産は、弱者らなりに観念があったと、第三者の婦女子を励ますというよりも、むしろ肉体のエゴに過ぎない出来事を見せつけられたと感じ、肉体の装置を意識させてしまうのではないか。そう単刀直入に思ったものです。
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ハンセン病文学を訪ねて②「間木老人」 ――療養所の極限状態を伝え抜く

宇津と間木老人との心の距離が最も近づく瞬間が「間木老人の死」であることは、当時ハンセン病患者を「不幸な人」と単線で囲ったときに、彼らの共通項として「療養所内で死にゆく命」というものがあり、それが外側から躊躇なく引かれる単線であることを思い出させるものです。宇津が他の患者を「狂人ではあるまいか」と疑うことは、宇津自身の生への執着を表したものであり、結末と強烈なコントラストを生んでいます。
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ハンセン病文学を訪ねて①『いのちの初夜』 北條民雄の見出した「不死鳥」とは?

ハンセン病患者は、肉体として亡びているけれど、それを契機として「観念するもの」を獲得すると読み取れます。ハンセン病にならなければできなかったであろう見え方が、ここに来てできるようになったということです。これは民雄自身の「叫び」に近いと思われます。