小説・上野広小路

  上野広小路  作・藤倉崇晃

 自動車の騒音が塗りたくられた交差点。
 鼓膜を掻きむしる乾いた排気音。
 タイヤの擦れる音。
 目の前にも、音、音、音……、足音が、歩いている。
 誰かの足音を踏み荒らすように大勢が通る。
 そこに人の声が混じる。
 豊かな言葉の断片が飛び交う。

 上野広小路――。
 地下鉄入り口階段の反対側には放置自転車が数台。
 目の前の中華料理屋の自動ドアが開閉を繰り返すたびに、誰かの足元が出入りする。
――憐れむ者もいない。
 地上五、六十センチメートルの高さから見える世界は、俺の人生の残り時間を磨り潰して無くすために用意されたものだ。煙草の吸殻だったり、吐き捨てられたガムだったり、踏まれ続けて真っ平になった物体は、とっくにアスファルトと同化している。まるで俺の人生の縮図のようだ。俺は、段ボールの上で、背中を丸めて座る。
 食料は今朝、底をついた。
 パンが盗まれてしまった。毎日一枚ずつ食べようと思っていたパンが、もう無い。誰かが、俺を、こんな有様の俺を、さらに痛めつけた。――寝ている間に盗まれた。それだけは間違いない。
 俺は、もうじき死ぬ。
 だからかもしれない、せいせいしていた。
 人間のほうが醜い。
 こんな乞食の俺よりも、ずっと人間は醜い。
 前から思っていたのだ、強い人、弱い人、勝った人、負けた人。――そんなのは人間くらいだ。人間くらいだ、人間にそんなことをやるのは。俺は、つくづくそう思った。

――すると、一羽のカラスが飛んで来た。
 翼の音の存在感が鼓膜を掻きむしる。
 カラスは、いくぶん高い所にとまる。
「俺の恨みを聞いてくれよ……」
 思わず話しかけた。
 カラスは、じっとしている。
「俺の恨みを聞いてくれるよな?」
 カラスは、俺の傍を離れない。
「……俺の恨みを聞きに来たのだ、お前は。俺のパンを盗んだ人間の目玉をほじくり出してこい」

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